▼page.3 稔に絶対腐女子だってバレないようにしなきゃ! と、決意したその日の内に最大の危機がやって来るなんて思いもよらなかった。 だってまさか身内から奇襲攻撃されるなんて誰が予想出来る!? 完全な不意打ちだった、身構える余裕なんてどこにもなかったよ! ぎこちない笑みを浮かべた私は、嫌な汗をかいた手で握りしめていた稔のスマホを本人に返した。 ごめん稔! 後で汗拭いておいて! 「なぁ、堂島」 「えぇっとね稔、これには深い深い底なし沼の話をしなくちゃいけなくってね」 「は? 沼?」 「私も今は混乱してるから、取り敢えず今日は寝かせてもらえるかな!?」 ザ・言い逃げ。 私史上、一番の早口だった気がする。人ってテンパって言い訳しようとすると早口になるんだね。 相手に考える隙を与えず、畳みかける様に説得したいという心の表れなのか。ただ単にやましい事があるから、早く話題を変えたいだけなのか。 稔の顔もまともに見れず、私は寝室へと駆け込み、布団にもぐった。 どうしよう、どうしよう、何て説得すれば稔は騙され……説得されてくれるんだろうか。 いやもう誤魔化せる道って本当にあるんだろうか。 姉に、メールの送信ボックス見て、とだけ送る。悲壮感たっぷりの絵文字も送ってみる。 ……話の本筋から考えを逸らして、ちょっとした現実逃避してみたけど、全然ダメだ。どうしたらいいのかさっぱり見当もつかないよ。 稔のあの様子から言って、姉のメールの内容の幾らかは察していたような気がする。 稔がBLについて一体どの程度の知識があるんだか知らないけど、あれはきっとバレてる……気がひしひしと伝わってきた。 腐女子だってバレてたら、嫌われちゃうんじゃない……? ううにゃああああっ!! 頭を掻き毟る。 考えれば考える程どうにもならない気がしてきた。 ああもう、何で私は腐女子になっちゃったのかな。腐ってさえいなければこんな悩んだりしなくてすんだのに。 稔に嫌われるかも、なんて…… じわりと熱い涙が瞳を覆って視界がぼやける。 生まれて初めて後悔したかもしれない。腐女子だったこと。 今更過ぎてどうにもならない事だって分かってはいる。でも、稔に避けられるかもって想像しただけで涙が出る。 今まで何度も見てきたような、他の女の子達に向ける、あの無感情な目しか向けられなくなったら…… 結局いくら考えたって、私が腐女子である事と、それがバレてしまった事実は覆らない。一時凌ぎの嘘をついたって仕方ない。稔に対して嘘はつきたくないとも思う。 そしてそのまま、ああだこうだと、うじうじ考えている間に私は疲れて眠ってしまっていた。 早く寝た分早く起きた私は、当然のようにコソ泥のように忍び足で部屋から脱走しました。 寝てる稔の足元をシャシャシャーっと小走りで駆け抜け、ドアの開け閉めにも細心の注意を払って音を出さないようにして。 私、もしかしたらルパンになれるかもしれない、なんて思ったくらい、華麗な脱走劇だったよ。 と言っても、こんな早朝にフラッと外出したって行くところないんだけどね。 誰かの部屋にお邪魔するわけにもいかないし、食堂も開いてないし。 静まり返っているせいか、余計に寒く感じる廊下を一人寂しく歩く。 とりあえず温まろう。あったかい飲み物飲んで落ち着いてもう一度考え直そう。 自販機まで行ってホットレモンを買う。念の為と思って財布持ってきておいて良かった。 隣の壁際にある長椅子に腰かける。 果肉入りのオレンジジュース、コーンポタージュ……あれをどうして缶の中に閉じ込めようなんて考え付いた人は一体どんな人なんだろうか。 絶対取れないよね。確実に中に残っちゃうよね。 どのくらい前から売り出してるのか知らないけど、何時になったらちゃんと飲み干せるように改良されるのかな。 ……現実逃避も大概にしようよ私。 携帯の画面を確認すると時刻は六時半。うわぁ、まだ外が暗いと思ったぁ。 ははは…… 「はぁぁー」 「あれ、カナおはよう?」 ホットレモンを口に含む寸前に掛けられた声に、ビクッと身体を震わせた。 あっぶなー! もうちょっとタイミングがズレてたら悲惨な事になるとこだったわ。 ひやひやする私を、きょとんと見つめる依澄は、朝日が昇って来たのかと錯覚するくらい輝いて見えた。 いやぁ、年が明けても王子顔だなぁ。 「おはよう、依澄」 「寒くないの?」 「寒いよ」 ふぅん、と聞いているのか聞いていないのか、適当な返事をしつつ真剣に飲み物を選んだ依澄は、当たり前のように私の隣に座った。 あ、コーンポタージュ。 「依澄早いね。こんな時間にどうしたの?」 「うん、ちょっと勉強の息抜き」 「べ……!」 さ、さすが学年トップは違うぜ……! そんな答え想像もつかなかったわ。思わず、カッと目を見開いちゃったじゃないか。 前 | 次 戻 |