恐怖を打ち消すほどの想いに何故勇人が気付いてあげられないのか。

 一番傍に、隼人の想いに近いところに居たはずの勇人が。

「隼人が何のために何百年もあの屋敷の中にいたと思う。榊の人の願いを叶えてあげたかったからでしょ。たくさんたくさん、幸せになってもらいたかったんだよ。勇人が苦しまないようにしてあげたかったんじゃない!」

 鼻を何度も啜り、泣き腫らした顔のまま隼人を見上げた。

「ごめん、ごめんね。隼人がまだ死を選ぼうとしてるって気付いてたよ。でも私は隼人の願いを叶えてあげられない。どうしてもあなたに生きてて欲しい」

 失いたくない。どんな形であってもいいから。
 七海を拘束していた勇人の腕が外れた。
 
 どさりと崩れ落ちる音に七海は振り返る。

「勇人!」

 しゃがみ込んで、勇人の肩を揺さぶった。

 まさかと服を寛げて見ると全身痣だらけで何処を触っていいのか躊躇われるほどだ。

「こうして人の形を保ってられたのも不思議なくらいだな……」

 生きた年数だけ衰弱してゆく病気だったのだ。
 そこへこれだけの負荷を与えれば、今まで消えてしまわなかっただけで奇跡と言える。
 
「そんな……」

 肩から放した手を痛いくらいの力で握られた。勇人だ。

「い、やだ……死にたくない……」

 その一心でここまで突き進んできたのだ。
 
 自我が削られても気力だけで持ち堪えてきた。これほどまでに強い思いを抱えていたのだ。

「うん、うん。死んじゃ駄目だよ……」

 七海の流した涙が勇人の頬に次々と流れ落ちる。
 
 勇人の魂と比例して壊れかけている隼人の身体。彼の手をやんわりと掴んだ。冷たかった。

「勇人、勇人!」

 考えてみれば奇妙な光景だ。どうして七海が勇人のために泣いているのか。

 このまま勇人が消えれば話は早いのに。

 ああ、本当に馬鹿なくらいにお人好し。勇人は笑おうとしたがもう頬を動かす事さえ出来なかった。

「……七海、俺は勇人を助けたい」
「出来ないよ!」

 力強く首を振った。七海だって勇人に死んでもらいたくない。
 
 だがそのために隼人を殺すのは間違っている。出来るはずが無い。どんなに本人が望んでも。

「やだ……」

 二人とも生きていて欲しいだなんて願いは欲張りすぎだとでも言うのか。
 
 手の甲で涙を拭ったとき、いつの間にか握っていた玉に気付いた。
 
 線一つ入っていない真っ白な玉石。白狐に渡されたものだ。
 
 あの時は何か分からなかったけれど、今ならこれが白狐の魂の模造品だと知れる。

 渡された意味に息が詰まった。最初から彼はこうなる事を予想していたとしか思えない。
 
 七海はぎゅっと玉を握り締めて考えた。最良の策なんて分かるわけが無い。
 
 ならば七海が一番なって欲しい結果になるよう行動するまでだ。



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