死にたくないと恐怖に押しつぶされそうだった勇人を助けられるならと一度は己の魂を差し出した。 だが勇人と隼人の個は反発し合い、決して交わる事は無かった。お互いが傷つき疲弊していくばかりで。 独りこの暗闇に閉じ篭っていた短い時間で勇人の心はこんなにも蝕まれてしまった。 「生を熱望する余り、他者を犠牲にする方法を取った時点で堕ちていたのだな」 憂える隼人を勇人は鼻で哂った。 「何処に堕ちようが構わないよ。地獄でさえなければね」 「そんな生温い場所に逝けると思うな」 言い終えないうちに隼人は地面を蹴り、勇人の顔目掛けて脚を振り上げた。 踵が額を掠めただけでそこが焼け付くように痛む。こうして力技に出られたら勇人は不利だ。二度までは避けられても、それ以上は身体が思うように動かず、もろにお腹に一発拳をくらう。 攻撃する度、隼人自身も傷ついているというのに顔色一つ変えない。 その代わりとでも言うように後方で大人しく座って見守っていた七海が大袈裟に縮こまったのが見えた。 痛みに全く慣れていない反応だ。例え他人の、七海を殺そうとしていた相手であったとしても傷つけば今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちになる。 「……馬鹿じゃないの」 ああいうのをお人好しと言うのだ。隼人だってそう。先の短い命だったにしろ差し出すなんてどうかしてる。 「馬鹿だ」 いや、馬鹿にしているのか。死に物狂いで足掻く勇人を。こんなにも自分が執着しているものを簡単に捨てられては惨めだ。 「はは……っ」 突然声を上げて笑い出した勇人を二人は訝しげに見やった。 「何が悪い、死を恐れるのがそんなに悪い事なのか!? 人と同じだけの生を望む事が罪なのか! ふざけるな!!」 上着を脱ぎ捨てると隼人目掛けて投げつけた。それは片手で払い除けられたがその間に勇人は距離を開けた。 「もう僕を繋ぎとめておく鎖は断ち切られた。お前の身体貰っていくよ」 勇人の姿が揺らいで消えた。忽ちぐにゃりと空間が歪む。 ここは勇人の精神世界であり、主がいなくなればなくなってしまう場所だ。 漸く慣れた感覚がまたしても不安定となり、立ち上がろうとした七海はふらりとまた倒れ込んだ。 「目が覚めるだけだ」 空間同様に歪んで見える隼人の言葉を聞いた瞬間、七海の意識は途絶えた。 end '11.4.15~'11.5.31 ←|→ back |