子どもの頃ならいざ知らず、今年から社会人になった昌也にはさすがにあれこれと口出ししてこない。
 そしてそれは学生であっても成人している朝陽にも言えることで、つまりは現在美弥子の意識は七海一人に注がれている。
 それを可哀想にと同情こそすれ、手助けはしない。下手に手を差し伸べて巻き添えを食わないようにと保守に走っているからだ。兄妹とは言え、所詮は他人事。昌也はそうドライに捉えている。
 
「もう聞いてよ、信じらんない! お母さん私をお見合いだとか騙して面倒事押し付けてさ、今だって花嫁修業って…」
「いやいやいや。は? 見合い?」

 昌也は七海の言葉を切った。確かに信じられない単語が飛び出したような気がした。
 適当に聞き流そうと頬杖をついてだらけていたのだが、思わず背を伸ばす。

「したのか、見合い」
「まさかまさか」

 首と手を同時に横に振った七海の反応は当然ではあったけれど、万が一の場合が頭を過ぎってしまった昌也は安心したように二、三度頷きながら椅子の背もたれに倒れ込んだ。
 母を盗み見れば、七海が放り出した研ぎかけの米をがしゃがしゃと慣れた手つきで洗っていた。
 会話に入ろうとしないのは後ろめたさのせいか、ただ単に説明を放棄しただけなのか。

「榊さんとこの息子に会いに行かされただけだったんだけど」
「それがねー、近年稀に見る美形だったのよぅ!」

 急に興奮した様子で語りだした美弥子に兄妹は白けた目を向けた。どうやら後者だったようだ。

「美形て。榊ってあのでっかい家だろ?」
「そうそう。でね、暫く息子さんウチで預かる事になったから」
「はぁ?」

 驚くよりも、馬鹿げているという思いが勝った。
 会いに行ってから預かる事になるまでの過程がごっそり抜け落ちていて、状況判断をしかねる。

「なんの遊び」
「真剣よ、大真面目よ」

 そんな母親に口をへの字に曲げた七海を見れば、やはり禄でもなかったのだろうと手に取るように分かった。

「実際は?」
「んー、ちょっと顔がいいのは認めるけど、人間性がねぇ…」

 二つのカップにインスタントコーヒーを適当に入れていく。

「ちょっとじゃないくて随分なイケメンだったじゃないどうしてそんな風に言うの」
「どうしても何もあるか! あんなバイオレンスな奴!」
「何て?」

 七海からコーヒーを受け取ろうと伸ばされた昌也の手が、ぴくりと僅かに反応した。
 表情は変わらないものの、今まで眠たげだった瞳が僅かに力を持つ。ここにきてやっとこの話に興味を抱いたようだ。

「お兄ちゃん…いっつも変なところに反応すんね」
「毎度ネタ提供ご苦労さん」

 美弥子や朝陽の奇行、七海に降りかかった災難を全て、第三者的な立場からネタとしてしか見ていない昌也を薄情だなどと責めはしない。

 彼もまた藤岡家の一員であり、一般とはずれた感覚の持ち主である事は重々承知の上。
 そして七海だって他人の口から聞いただけであったならば、この話を笑い飛ばしたに違いない。
 コーヒーを啜りながら無言で詳しく話せと促す兄の向かいに座って、七海は昨日の出来事を洗い浚い述べた。



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