父親である榊を睨めば、その理由を的確に察して一つ頷いた。

「彼女がいれば、他の方法を見出せるだろう」

 背筋を伸ばした榊は正面から勇人を見た。
よろよろと起き上がった七海は、急に話の中に入れられて居心地悪く縮こまった。

「……他の方法など考える時間はない。今すぐ殺せ」

 アイボリーの瞳が刺さる。七海に向かって殺せと言いながら、こっちが射殺されるのではないかという気がしてくるくらいに、鬼気迫るものがあった。

「い、嫌に決まってるじゃない! 何で私が犯罪に手を染めなきゃいけないのよ」

 二人して七海を無視して勝手な事ばかり言っている。初対面の人間にこんな物騒な話題を真顔でするのはやめて欲しい。じっとりとした目で見てくる勇人を負けじと威嚇する。負けず嫌いは今に始まった事ではない。
 舌打ちをした勇人は「だったら」と妥協案を出した。

「なら、俺をこの身体から出せ」
「……は?」
「除霊してくれ」

 ジョレイ。出来うる限りの漢字変換を脳内で行った。が、うまくいったのはやはり除霊という単語のみ。顎に手を添えて悩む素振りをして見せた。

「ごめん、ちゃんと聞き取れなかったかも。んー…『女優にしてくれ』?」
「お前耳っていうか頭大丈夫か」

 心配気に額に手を当てて「熱はないな」などと真面目に確認され、そのせいで七海はじわりと顔が熱くなった。
 
 私なの?
 今のは私の方が会話を乱した事になるの?
 
 いいや違う。先に変化球を投げてきたのは勇人だ。予想外の方向へ飛ばされた言葉の球を、それでも七海は何とか打ち返した。その結果更にとんでもなく的外れなところへと転がった。そう、あくまでも結果でしかない。原因は勇人にある。

「あんたが突然除霊とか言うから混乱しただけでしょ! 私はイタコじゃないっ」
「イタコは霊を自分に憑かせるんだろうが。逆だ、逆。とり憑いたのを落としてほしいんだ俺は」
「冷静に指摘してんじゃないわよ、逆も何も私は出来ないっつってんの!」
「人間は死ぬ気で頑張れば不可能も可能にしてしまう生き物だろ」
「やめてよ、ちょっとカッコいい事言っちゃったよ俺みたいなしたり顔。全然だから。言っとくけどそれ、ただの他力本願丸出しの発言だったから」

 七海の中でいつの間にか、勇人の願いを聞いたら負け、という独自のルールが作られていて、どうだ参ったかとショックを受けているであろう相手を見やった。
 だが勇人は七海を睨みつけていた。
 それはほんの数十分ほど前に出会ったばかりの人間に向けるには、あまりに険しい表情で。焦りや苛立ち、憎しみまでも感じ取れて、びりびりと肌に突き刺さる。

「二秒やる、首を縦に振れ」
「は?」

 あっという間だった。七海が聞き返すのとほぼ同時に勇人の指が首に絡まった。七海の足に跨った勇人はゆっくりと彼女を後ろへ倒しながら指への力を強めてゆく。

「……な、に」

 これまでに経験の無い圧迫感と息苦しさに自然と顔が歪む。

「何も知らないガキが調子に乗るな、痛い目に遭いたいか」

 現在進行形で痛みを与えられている七海は、徐々に容赦のなくなってきた勇人の手から逃れようと身体を捩るも上手く行かない。息苦しいから息が出来ない状態になり、これは本格的に拙いともがいて、元凶である彼の手の甲に深く爪の跡を残した。

「やめろ!」

 すると突如消えた圧迫感。七海は床に手を突いて咽た。ぱたぱたと畳に涙が落ちては染み込まれる。喉に空気が通るだけで焼けるように痛んだ。
 ぼやける視界をそのままに声のした方を向いた。榊が鎖を引っ張って勇人を七海から引き剥がしてくれたらしい。勇人は忌々しげに榊を睨み付け七海から離れた。

「ちょっと……、息子さんの、教育、どうなって」

 ひりつく喉を押さえながら、途切れがちに言う抗議に勇人は顰め面を、榊は苦笑する。



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