はじめまして、さようなら


「……………っ暇!」

完全には締め切られていないカーテンの隙間から、鮮やかなオレンジの夕日が覗く。
細い光が差し込む夕方、だらしなく自身のベッドに寝転んでいたアカリはバサッ、とそれまで手にしていた本を思い切り放り投げた。
放物線を描いた本は、床に叩きつけられるギリギリのところで重力を無視し、指揮棒のように指を動かすアカリの力によってふわりと浮く。

「暇だ…………ほんとに暇…………」

浮かせた本をベッドの上に置くと、仰向けになっていたアカリはうつ伏せになり顔をシーツに埋め声をくぐもらせる。
ここ2週間、彼女はずっとこの部屋に閉じこもり1日を浪費していたのだった。

「お菓子作りたい………料理したい…………花の世話したい……………うううう」

今までは何も考えず屋敷内を移動していたものの、この前の事件があったことで彼女でも流石に少し外に出ることに臆病になってしまっていた。
顔を突っ伏したまま呻き声を上げながらバタバタと足を忙しなく暴れさせる。
カーテンから覗く濃いオレンジの太陽に気づき、そちらに顔を向けたアカリはハア、と大きなため息をついた。

「サフィアやナギニちゃんもお話してるけど………サフィアはお仕事あるしナギニちゃん気まぐれだからなあ」

何も彼女はずっと1人でいるわけではない。食事やお茶を用意してくれるサフィアや、気まぐれにこの部屋にやってくるナギニ、そして数えるほどではあるけれど卿も訪れてくれていた。
それでも、人は孤独でいるのが嫌になるもので。
ただただ読書に明け暮れるのも、魔法の練習や改良に時間をかけるのも寝続けるのも飽きてしまった。

「誰かとお話がしたい…………1人は飽きたよ……………」

仰向けになったアカリはそっと瞼を下ろし、楽しかったことを思い浮かべてみる。

卿とのお茶会、サフィアと作ったケーキ、ナギニちゃんとお屋敷の冒険、イグニアさんのお店、そして………



ーーーコンコン


静寂で満ちていたアカリの部屋に、突然硬質な物音が響く。
その音に気づいたアカリは音の出処を追って窓のそばまで近づく。

「窓の外から………?」

シャッ、とカーテンを開け放つと、眩しいオレンジの光をまとい、そこに佇む一つの影。

「……フクロウか!」

翼を広げたそのフクロウが嘴で窓を何度かつつく。すると先ほど聞こえたコンコンという音がガラスに響いた。

窓を開けてフクロウを入れてやる。
ソファの背もたれに着地したフクロウは、アカリに向かって足を差し出した。

「ありがとう、ちょっと待ってね」
『ああ疲れた、ここは遠すぎるよ』

このフクロウのものだろうか、疲労感溢れる声が聞こえた。
少し不満気なフクロウの足に付いていた巻物のような手紙を受け取り、何もないテーブルに向かってベーコンと水を頼む。すると一瞬の間の後テーブルには分厚いベーコンと水が置いてあった。

「はいどうぞ」
『どうも』

そうにこりと笑ってやると、フクロウはテーブルに降り立ち、水を飲みベーコンをつつき始めた。
ナギニの言う通り動物の言葉が理解できるようになっていたアカリはときおり手紙を運んでくるフクロウと少しではあるが話をするようになっていた。
そんなアカリは受け取った手紙の紐をくるくると外し、広げる。

その手紙の差出人は、あのルシウス・マルフォイだった。

「………相変わらずマメだなあ」

ーーールシウスがホグワーツへ帰ってから少し経った時、彼から手紙が届いた。
暇にしていたアカリは嬉々としてその様子を伺う手紙に慣れないインクと羽ペンを駆使し返事を書いた。
それから、2人の文通が始まったのだった。

2人の話題はもっぱらホグワーツでの生活について、だ。
アカリが知りたいことを書き、それの答えをルシウスが書き連ねる。
そんな状態が何通も続き、今ではアカリの楽しみの一つとなっていた。

「ホグズミード、かあ……」


その手紙には最近起きたちょっとした事件とともに、今度あるホグズミードの知らせが彼の流れるような美しい文字で綴られていた。

『ーーー暇を持て余したお姫様へ。

だんだんと冷え込んで来ましたがいかがお過ごしですか。
こちらでは、カーディガンだけでなくローブまで羽織る者もいるぐらい寒くなって来ました。

先日お伝えした事件、アカリ様のアドバイス通りに行ったところ証拠が集まりなんの問題もなく犯人が捕まりました。ありがとうございます。
犯人はやはりグリフィンドールの4人組、『悪戯仕掛け人』を名乗る輩でした。
証拠を全く残さず誰も捕まえられなかった4人をアカリ様のおかげで何回も捕まえたことにより敵視されているようで、悪戯の矛先が私に向きつつあります。
馬鹿の考えることはよくわかりませんが、売られた喧嘩は買うまでですのでこちらも蛇らしく狡猾さを武器に太刀打ちしている毎日です。

さて、来週の土曜日には第一回目のホグズミード村行きがあります。
私も足を伸ばそうと考えておりますが、何か欲しいものがありましたらお伝えください。店名と商品のリストを同封しておきます。

では、くれぐれも夜更かしなどをして風邪をお召しになりませんよう。

                             ーーールシウス』

2枚の便箋に目を通したアカリは、美しい字で書かれたある単語の部分に指を這わせる。
高価な便箋なのだろう、指先が容易に滑り、カサつきなどは全く無かった。

「悪戯仕掛け人、か」

ルシウスからの手紙でも度々出てくる名前だ。
その名の通り、主にスリザリン生を標的に大掛かりな悪戯を仕掛ける4人組に、スリザリンの監督生である彼はかなり手を焼いているらしい。

不憫に思ったアカリがルシウスから事件の詳細を知り、見落としてそうな部分を指摘すると、面白いくらいに証拠が残っていたり証人を見つけられたりもした。

「いいなあ、楽しそう」

ホグワーツの広大な敷地と巧妙なカラクリを操って仕掛ける悪戯だなんて、どんなに楽しいことだろう。

まだ見ぬホグワーツに思いを馳せながら、同封されていたもう一枚の紙を取り出す。

それは、店の名前、主に取り扱っている商品が書かれたリストだった。

「三本の箒………ハニーデュークス…………ゾンゴ……………」

原作にも出てきた店の名前や、初めて聞く名前。たくさんの店名が連なるそれを見て、久しぶりにフィクションの世界にいるんだと実感した。

「いいなあいいなあわたしも行きたい……!」

しかし、アカリは自由に出かけていいとは言われているものの行き先はノクターン横丁かダイアゴン横丁のみ許されている。
勝手に出ていけば怒るだろう。

「………でも、卿最近忙しそうだし。
こっそり行ってこっそり帰って来ればバレないかな?」

大忙しな闇の帝王様とはここ最近長らく会っていない。
アカリがあまり部屋の外に出歩くのを控えているのもあるだろう。
もともとこの屋敷が死喰い人に解放されてから、会える頻度はかなり低くなってはいたのだけれど。


まあ何が言いたいのかというと、卿に会わない=外出がバレないのではないか、ということ。
だいたい好きに外出はしていいと言われているわけだし、何でもかんでもあの人の言いなりというのもわたしらしくない。
あっちにはルシウスもいる。

「………よし」

立ち上がったアカリは、引き出しから白地に金の縁取りが描かれた便箋を取り出し、インクと羽ペンを持つとテーブルに置いた。
その横にある空になった皿を積み上げ隅に置いておく。フクロウはソファの縁に降り立ち毛づくろいをしていた。

フクロウの柔らかな羽を一撫ですると、アカリはインクに浸した羽ペンを手に取りさっそく手紙を綴りだした。


『ーーーお忙しい監督生殿へ。

こちらも段々と涼しくなり、少しだけあの照りつけるような暑さが恋しくなります。
でも、そっちではここよりもっと寒いんだろうな。くれぐれも、体調には気をつけてください。

それはそうと、悪戯仕掛け人の件、無事に解決して本当によかった。
個人的にはかなり愉快な悪戯だと思うけど、やっぱり被害を全面的に被ったスリザリン監督生としては見逃せないことだもんね。
彼らはきっと頭がいいんだろうなあ、かなり計画が練ってあって実際に見てないわたしにはよくわからないところがたくさんあったけど、役に立てたのならよかった。
仕返しは狡猾な蛇らしく、彼らみたいにバレないように、ね。成功を願ってます。

さてさて本題ではありますが、ホグズミード村、楽しそうだな。
リストありがとう。色々考えてみて、グラドラグス魔法ファッション店に新商品が出るらしいんだ。
その新商品のマフラーが欲しいな。ここは、かなり冷えそうだから。
わざわざ行ってもらうことになるけど、よろしくお願いします。

悩みごとかなにかあれば、あんまり考えすぎて眠れないなんてことにならないようにしてね。
またいつでもお手紙待ってます。



P.S.
このフクロウの名前は結局付けていないまま?不便だと思うんだけどなあ。
この子は長い旅でお疲れのようなので、しっかり休ませてあげてください。


                        ーーーラプンツェル』


最後に塔に閉じ込められていた童話の主人公の名前を書き、ペンを止める。
インク壺に入れたあと思い切り伸びをした。

「んんん………っ」

時計を見てみると、一時間近く経っていたようだ。
そんなに同じ姿勢でいたから身体の節々が痛い。

インクを乾かすのにフクロウ撫でたりして時間を潰し、完全に乾いているのを確認したあとくるくると丸めて紐で縛った。

ソファに待機しているフクロウの足に手紙を持たせ、窓まで連れて行く。
窓を開けると外はもう暗くなり、ポツポツと星が瞬いていた。

「さあ、もう遅いけど気をつけてね。
ルシウスによろしく」

そうアカリが言うとフクロウは『仕方ないなあ』と鳴き、暗闇の中に飛び去っていった。

その姿が見えなくなるまで窓を開けていたアカリは、吹き込んで来た冷たい風に身を竦ませるといそいそと窓を閉めた。

カーテンを閉めようとしたものの、窓の外に広がる紫紺と青のグラデーションに目を留め、そのままイスを呼び寄せ腰掛けた。

窓枠に肘をついて空を見上げる。
さながらラプンツェルのようだと思った時、そういえば署名にふざけて塔に閉じ込められた少女の名前を書いたけれど。

「………マグルの童話なんて、知らないよねえ」

もう少し考えるべきだったかとも思うけど、まあいっか、会った時に説明しよう。
そう結論づけたアカリは来る土曜日に思いを馳せた。





ーーーーそして、待ちに待った土曜日。


「……………よし」

姿見の前で服装を整える。ずいぶん寒そうだからローブを着て、中も厚着にしてみた。

「たしか10時頃には始まってたから、ちょうどいいかな」

時計の針がちょうど10時を指す。
それを確認したアカリはポシェットにお金が入った袋などを入れながらサフィアを呼んだ。

「お呼びですか、お嬢様」
「サフィア、ちょっと留守にするけど卿がここに来たらわたしのところまで知らせてくれる?」

まあないとは思うんだけどね、と笑うと畏まったようにお辞儀をして彼は消えた。

杖ホルダーを目立たないよう右足に付け、用意を終える。

さて、ここからが本番だ。
この屋敷から出るには一つの手段しかない。
それは、姿くらまし。
ちょこちょこと練習してはいたのだが、この計画を立てるにあたって欠かせないのでどうにか間に合わせた。
自分の部屋の中ならどこでも移動出来るようになったものの、遠い場所はまだ試したことがない。
言うなれば一発勝負。

「………大丈夫、大丈夫。わたしなら出来る」

ふうと深呼吸をし、場所を脳内に浮かばせる。
映画でしか見たことはないけど、あとは馬鹿のようにあるわたしの魔力でなんとかなるだろう。

呼吸を整え感覚を研ぎ澄ませる。
覚悟を決め足を踏み出し、クルリと回った。
その瞬間バチンと耳元で破裂したような音がし、ヘソの奥あたりを引っ張られた。

目を閉じたまま回転しているような感覚に耐えていると、ふとその感覚が途絶えた。

そろそろと瞼を開けると、そこは見知らぬ街並みだった。

「成功、した………?」

あたりを見渡すと同い年くらいの少年や少女が楽しそうに歩いている。
誰も彼もが浮き足立っている様子を見て、アカリは確信した。

ここは、ホグズミード村だ。

「よっし!!
………あとはお店を探すだけ!」

グラドラグス魔法ファッション店がどこにあるのかわたしは知らない。

とりあえずそこらへんを探してみて、見つからなかったら聞けばいいんだ。
初めて来た生徒という体なら誰も怪しまないだろう。

じゃあまずはあっちへ行ってみよう。
そうなんとなしに右手の路地に入る。
早足で歩きながら未知の世界に胸を踊らせる。ここが、ホグズミード村。ずっと行ってみたかったんだ。

そうキョロキョロとしながら歩いていたのがいけなかったのだろうか。
目の前の急な角から飛び出した誰かに、思い切りぶつかってしまったのは。

「うぐっ」
「いっ…………」

いきなり衝撃が襲ってきたと思ったら、地面に投げ出された。
そのまま尻餅をついたアカリは、反射的に杖を握りながら身体を起こす。
一体誰だよ、と相手を見据えると、どうやら男の子のようだ。

同い年か、少し年上か。
伏せていて顔が見えないけど、なんとなく雰囲気でそんな感じがした。

「………あの、大丈夫?」

頭を抱えている相手が、呻きながら伏せたまま何のリアクションも起こさない。
打ち所が悪かったのかもと心配して肩に触れようとすると。

「触るなッ!!」
「っ、」

いきなり手を払われた。
パンと乾いた音に驚いていると、その男の子の顔がこちらに向いた。

美しい黒髪に、意志の強い灰色の瞳。中々の美青年がこちらを睨みつけていた。

「………えーと、ごめん」

何が悪いのかよくわからなかったが、とりあえず謝っておく。
その瞳から目をそらさずにいると、何故か既視感を覚えた。

…………どこかで見たことのあるような?

「………別に」

ふい、と顔を逸らされると男の子は立ち上がった。かなり背が高い。
おお、と驚いていると彼の膝に目を留めた。

「あ、ちょっと待って」

ええと、とポシェットを漁っているアカリを彼は訝しげに見ているもののどこかへ逃げ出そうという気にはなっていないようだった。

「あったあった、これ使って」

そう差し出したアカリの手には白い無地のハンカチと絆創膏。

「………あ?」
「膝、痛そうだから。使って」

差し出されたものを一瞥すると、彼はそれを無視してどこかへ去ろうとした。

「っちょ、待ってよ」
「知らねえ奴から得体の知れないモンなんかいらねえよ」

迷惑そうに顔を顰める彼に多少イラつくものの、彼の前に立ち塞がることで歩みを止めることに成功した。

「アカリ・オトナシ」
「は?」
「わたしの名前。アカリっていうの」

さっきまでの顰めっ面から反転、呆気に取られたような顔をする彼に、アカリは少し優越感を抱いた。

「名乗ったんだから別に『知らない人』じゃなくなったでしょ」

ふふん、と勝ち誇ったように笑うと彼はますます間抜けな面を晒した。
オラオラしていたさっきまでの彼とは違う表情に噴き出しそうになるのを我慢し、彼の手を取る。

びくりと反応した彼が抵抗する前にハンカチと絆創膏を握らせる。
しっかり握られたのを確認し、アカリは手を離した。

「じゃあそれあげるからちゃんと使ってね。
そっちのは絆創膏って言って、まあマグル生まれの子に聞けば使い方はわかるよ」
「はあ?マグル生まれって、おい!」

じゃあねー、と言いたいことだけ言い終えたアカリは彼の言葉を待たずに歩き出した。

角を曲がろうとした時に、ああそういえば、と思い出したように声を上げる。
くるりと振り返ったアカリに反応した少年は手の中にあるものを握りしめる。

「ねえ、グラドラグス魔法ファッション店ってどう行ったらいい?」
「………………そこの角を左に曲がって真っ直ぐ、突き当りを右」
「へえ、ありがと」

手を振って言われた通り左に曲がったアカリの姿が見えなくなると、少年は握りしめた手を開いた。

「…………変な女」

ポツリとそう呟くとハンカチと絆創膏を自らのズボンのポケットに入れ、アカリが進んだ方向に背を向け、歩き出す。
彼の口には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

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