起立、礼、着席。


付き添い姿くらましというものを初めて体験した後、アカリはあまりの気持ち悪さにダウンしてしまった。ベッドで丸まりその不快感をやり過ごそうとしている真っ最中である。
わたし、こんなに三半規管弱かったっけ?

「なんで魔法界の移動手段はこんなに体に悪いんですかー………」
「付き添いで姿くらましをしたからだろう。主導権は姿くらましを使う方にあるからな」

当の卿は優雅にソファで紅茶を飲んでいる。

……あ、だいぶマシになった。チラリと時計を見ると針は3を指している。なるほど3時のお茶ってわけか。

のそのそと起き上がり、ソファまで移動する。ヴォルデモート卿に出してもらった紅茶をぐいっと煽り、一息ついた。

「買った杖はどうした?見せてみろ」
「あ、はい」

すぐに使うからいいや、と箱は捨ててもらったので抜き身のまま真っ黒な杖を渡す。

「黒壇か。芯や長さは?」
「ええと、バジリスクの牙で、26センチです」
「………バジリスク?」

それを聞いた卿は顔色を変え、杖を持ち上げる。目を凝らすように細め、凝視していた。

「かなり昔にバジリスクの牙持って杖二つ作ってくださいって依頼しに来た人がいたんですってー。その二つのうちの一つがこれらしいですよ」
「………普通依頼主が杖を引き取るものだがな」
「不思議ですよね、これの兄弟杖はまだ買われてないみたいです」

ひょいと摘んだお茶請けのクッキーを一枚丸ごと咀嚼し、紅茶で流し込む。そしてもう一枚クッキーを取ると、今度は半分に割り、片方を口に投げ入れた。

「で、本格的なお勉強会はいつから始めるんですか?明日とか?」
「いや、今からだ」

真顔で言い切った卿は自分の杖を一振りしまたしても本をどさどさとテーブルに出現させる。
……………………今から?

「まずは呪文学からだな。これは基礎中の基礎だ。この本にかなり簡単な魔法が説明とともに載っている」

では、始めるぞ。

ぽかん、と口を開けているアカリの正面。
確実に面白がっている声色で、彼は意地悪そうに唇を吊り上げた。

***

「ーーーでは、まず最初に簡単なものから。
『初歩呪文集』の16ページを開け」

『初歩呪文集』……あ、これか。
積み重ねられた本の山から一冊を手に取り、開いたページには、呪文の名称、詠唱方などが載っている。

「これは『浮遊術』だ。発音は、ウィンガーディアム・レビオーサ。杖を回すように振るように。発音がややこしいから注意すること」

やってみろ、と出された一枚の羽根に向かって杖を構える。

原作でハーマイオニー達が習っていた呪文だ。
杖の振り方はビューンヒョイ、だっけ。

映画のワンシーンを思い浮かべ、魔力を杖に流し込む。

「『ウィンガーディアム・レビオーサ』」

言葉に魔力を乗せ、くるりと回した杖を上に向かって動かす。
すると、羽根はふわふわと杖の動きとともに浮遊し、杖を止めると空中に浮いたまま静止した。

「で、できた……!!」
「合格だ」

張り詰めていた神経を緩ませると同時に卿が羽根を消す。

「今度は羽根よりも重いものだ」

そう言われ出てきたのは握りこぶしほどもある大きさの石だった。

「重いものは魔力の入れ方や量を微妙に変える。身体で覚えろ」

そう言われたアカリは杖を振り、魔力を多めに込める。

すると、幾分か不安定に揺れながらも先ほどの羽根と同じ高さまで浮遊した。

「では、次。このテーブルを浮かせてみろ」

これ、と言って差し示されたのは、本が置かれたテーブル。

一瞬無茶だろとは思いながらも魔力を調節し、持ち上げる。
しかし一応浮いたものの、グラグラと不安定に揺れてしまっている。

「わ、やばい落ちる、」
「上から摘み上げるのではなく下から支えろ。包み込むように」

下から、包み込むように。
卿の注意を意識し魔力を操る。

するとテーブルの揺れが収まり、空中でぴたりと静止した。

「まあこんなところか。魔力の調節の仕方はわかったな」
「大丈夫です」

習うより慣れろ、は上手くいったらしい。

「次は難易度を上げて『粉砕呪文』。38ページを開け」

Reducto。発音はレダクト。粉々という意味。ボンバーダも同じようなものだ。粉々か砕けるかさして変わりはない。

「これにかけてみろ」

卿の杖の先から水の玉が浮かび上がってくる。
それは水晶玉ほどの大きさになると浮遊したまま静止した。

……よし。

杖を構え、水の玉に向かって構える。
これを弾けさせるイメージで。魔力を鋭く、強く。

「『レダクト』」

パチン、という音がすると水の玉が弾け飛び水飛沫が飛ぶ。

「次。これを砕け」

これ、と指し示されたのはただの石。浮遊しているそれは先ほど使った石と同じくらいの大きさをしている。

アカリは魔力を込め、杖をあまり動かさずに呪文を詠唱する。

見事に石は粉々に砕け散った。

「あれにかけてみろ」

そして指で指し示されたのは、部屋に置いてある一脚のイス。

……イス!?

「え、いいんですか?」
「かまわん、特に希少だったり高価なものではない」

いや見るからに高そうですけど。

そうは思いながらも遠慮なくかけさせてもらう。

鋭く、思いっきりぶつける。よし。

息を軽く吐き、杖を振るい、魔力を放つ。
イスは見事に砕け、あたりに木くずが飛び散った。

「ついでだ、隣のページのレパロをかけてみろ」

レパロ。壊れた物を直す呪文。
……あんな木くずしかないようなものって直るの?

半信半疑で杖を構える。
言葉に魔力を乗せ、放つ。
すると動画が逆再生されるかのように木くずが集まりイスの脚となり、やがて元の高そうなイスに戻った。

「どちらも合格だな」

満足そうな卿の言葉にちょっと嬉しくなる。
今日始めて魔法を使った割に結構わたしすごくない!?
気合を入れ直し、杖を持つ手に力を込めた。

それからアクアメンティ、インセンディオ、リクタスセンプラ、アロホモーラ、フィニート・インカンターテムなどなど色々と教わった。

慣れてくるとどんな風に発音するのか、魔力の調節の仕方などがわかってきてかなりすんなりかけられた。

「今日はこんなところだな。明日は変身術をやる。」
「お疲れ様でしたー」

つっっかれた!久しぶりにこんな疲れた。ここ最近はずっと部屋の中で過ごしてたし、魔力をいっぱい使ったからかな。

魔法で出してもらった夕食を食べ、卿と別れるとアカリはバスルームに向かった。

「今日はー、薔薇にしようかな」

ここの風呂に入る時、必ず入浴剤が数種類用意されている。
卿曰く屋敷しもべが用意してくれているらしい。
流石は魔法界の入浴剤というべきか、花の入浴剤を入れると時間が経つとその花がそのまま浮いてきたり、チョコレートのものだとお湯が本物のチョコレートのような肌触り(でもチョコが肌に着いたりはしないし味もしなかった)になったりと多種多様だ。

薔薇の形をした入浴剤をお湯に入れた。シュワシュワと泡が立っているのを横目に身体を洗ってしまう。

全て洗い終わり、浴槽に入ろうとする時には既に薔薇の花がいくつも浮いていた。

「ん〜………疲れた疲れた」

なんだか親父くさいことを言いながら浴槽に身体を投げ出す。
バスタブの淵に頭を乗せ、目を閉じ深く息を吐いた。

今日は久しぶりに外に出たしかなり歩いた。その上魔力をいっぱい使ったし、かなりの重労働だ。

魔法を習うのはとても楽しい。元々興味のある物事にはかなり熱心になるタイプだから、もっと頑張れる気がする。

「明日は変身学か…オーキデウスとかやるのかな〜」

変身学というのは確か物体を違うものに変化させたり消滅させたり出現させたりするものだった気がする。

独り言として言った呪文が、浴室に響く。その響きがやけに耳に残り、なんだ?と瞼を押し開け頭を持ち上げると、薔薇だけではなくガーベラやコスモスに椿など色々な種類の花がお湯に浮いていた。

「…………え?」

これ、いつの間に。
薔薇の入浴剤じゃなかったのか?
唖然としながら、瞬きを繰り返す。
そういえば、独り言で口にした呪文は、花を咲かせる魔法だ。

「……………………」

いや、まさかね。
そんな魔力が多いからって杖なしで魔法が使えるわけがない。それこそ熟練した魔法使いじゃないと使えないはずだ。

−−−でも、ちょっとだけ。

湧いてきた好奇心を抑えきれず、アカリは指を指揮棒のように振る。

「『ノックス』」

パッ、と明るかった浴室が一瞬で真っ暗闇になった。

────マジかよ。

「『ルーモス』」

今度は指を動かさずに言葉だけ発する。
すると暗闇に満ちていた浴室が明るくなった。

「………………魔力つよい」


***


ーーー次の日。

「卿」

いつも通り紅茶を飲みながらまったりしているこの時間。英国はお茶の時間が決まっているらしい。

「実はわたしすごいことに気がついたんですよ」
「……なんだ」

アカリがニヤニヤと笑いながらヴォルデモート卿に言うと、面倒くさそうな顔で返される。

ふふん、今はテンション高いから気にしないもんね!

「見ててくださいね」

目を瞑り、深呼吸を三回繰り返す。呼吸を整えると、魔力を込めて、言葉に乗せた。

「『ラカーナム・インフラマーレイ』」

指をパチン、と鳴らすとアカリの周りから炎が蛇のようにうねりながら出現した。

目を丸くする卿を見てニヤニヤと笑いながらフィニートを唱える。

「どうです!?杖なしでも魔法使えるんですよ!」

アカリが得意気に口にすると、卿はすぐさまいつもの無表情に戻り紅茶を飲んだ。

「魔力の制御ができるようになったか。なるほどな」

そう呟く卿の瞳は、無表情ながらも愉快そうにギラついていた。

「まあそれはともかく、変身術をやるぞ」

…………え。
なんだ、何も言ってくれないのか。
褒めてくれたり感心したりすると思ったのに。

まあ、いいか。卿も杖なしでも魔法が使えるんだし、当たり前の感覚なのかもしれない。

渡された本を開きながら、どこか落胆してしまった自分を無理矢理納得させた。

***

「疲れた…………」

卿のスパルタ変身術講座を終え、ぐったりとソファに横になる。

「おいちゃんと座れ、だらしがない」

卿のケチ。
恨み言を小声でぶちぶちと呟きながら身体を起こす。

「明日は薬草学と魔法薬学をする。特に魔法薬学はよく読んでおけ」

分厚い本を3冊渡された。その内2冊が魔法薬学のようだ。

「私はもう戻る。夕食は食べたらそのまま放置しておけ。屋敷しもべが片付ける」

杖の一振りで夕食を出した卿はそのまま部屋を出て行ってしまった。

「………なんか今日は早いな」

まあいっか。あの人は結構気まぐれだし。
アカリはトマトをフォークに刺すのに集中し、卿のことは頭の隅に追いやられた。

***


【Side:Voldemort】


ーーーアカリの部屋から出た後、漆黒のローブを来たヴォルデモート卿は長い廊下を歩いていた。

杖なしで魔法が使えるようになるとはな。しかも魔法を習い始めて1ヶ月も経っていない。……天才肌というものか。

ある日自分のために喚び寄せた人間、アカリ・オトナシ。
未来を知っているもののそれを伝えることが出来ずとりあえず手元に置くことにしたマグルの女。

その内に秘めた魔力に興味を持ち、魔法を教え始めた。これも、ただの気まぐれで。ほんの暇つぶしのはずだった。

しかし、教えることを乾いたスポンジが水をどんどん吸い込むように覚え、吸収する。その頭の回転の速さ、そして魔力の強さ。もしかしたらあの女は、凄まじいものを持っているのかもしれない。マグルだというのに。

ニィ、と知らず知らずの内に口角が上がる。

私が闇の帝王だということは知っているのだろう。最初に磔の呪いをかけた時の怯えようは狩られるマグル達のそれだった。

だと、いうのに。手元に置いてからというもの、あの恐怖と苦しみを味わったはずなのにごく普通に話しかけてくる。ただの能天気な奴なのかと思ったが、魔法を教えている時の真剣な姿勢がその印象を変えた。阿呆そうだがかなり頭の回転が速く、それとなく相手の思考を読み取るのに長けている。
そのアンバランスさがとても、面白い。

あの女はまだまだ成長するだろう。それこそ私のホグワーツ時代のような天才に化けるかもしれない。
せっかくバジリスクの杖を持っているんだ、対人用の呪文や闇の魔法を教えてみるか。

「ーーーあの成長ぶりならば、死喰い人のようにも使えるかもな」

口に出した死喰い人、という響きは、アカリにはあまり似合わないような気がした。


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