適量の孤独 | ナノ


もしかしたら、こんな風に


最近、エロいくせにめちゃくちゃ強いやつを発見した。

何だか長たらしい自己紹介をしていたが、面倒だったのでエロ仙人って呼んでる。
オレはそいつにエビス先生の代わりに修行に付き
合ってくれるよう頼み込んだ。
はいいものの、毎日エロ仙人の覗きに呆れチャクラの基礎修行に明け暮れていた。
しかし、ついに明日からすっげー技を教えて貰えることになった。
青いチャクラとか赤いチャクラとか言ってたけど、それはまた明日聞くことにする。
とりあえず今は腹拵えが先決だってばよ。

そう意気込んで一楽に向かおうと走り出した時だった。

「……!」

曲がり角のその先に現れた影に、オレは勢いのまま体ごとぶつかった。
硬質な物がカランと音を立てて転がる音と、ドサリと倒れる人の音。

ちゃんと前見ろってばよ!

そう叫びそうになって上げた腕は、相手が女の人だと理解してすとんと重力に従った。
同時にカランという音の正体を杖だと知ったオレの背をたらりと冷や汗が伝う。

どうしたらいいんだ。

「だ…大丈夫か……?」

直ぐさま立ち上がりわたわたと女の人の周りを彷徨った。


まず杖を拾って、助け起こして……


「……!」
「?」

すると、その人は何故かオレを見たまま固まっていたのだ。
昔から周りの人間に落ちこぼれだ何だと言われてきたが、そんなオレを見る目とは違う。

まるで、見るはずもないものを見た。

みたいな、そんな感じ。


何だってばよ。


「おーい、ねーちゃん?」
「……!」

オレを見ているのに見ていない。

そんな視線に居心地が悪くなったオレは、さっさとこの人を立たせて別れようと思った。
探られているわけでもなく、本当に純粋な目。
もう少しで、どうして?なんて言葉が聞こえてきそうだ。
何でそう思ったのかは分からないが、直感的にこの人はそんなことを口走るような気がしたのだ。

「君は……」

呟かれた一言に、オレは益々首を傾げた。
本当に、なんなんだってばよ。


「もしかして、うずまきナルト君?」

まさか初対面の人に知られているとは思わなかったオレは、見事な勘違いを起こした。

オレってば有名人。

後から知れば恥ずかしい勘違いに、その時のオレは鼻高々に自己紹介をしたのだ。
そしてねーちゃんと呼んだ人は丁寧に自分の名前を教えてくれた。

涼城沙羅さん。

その時、オレは名前の凄さを知った。
名前を知るだけで随分と心の距離が縮まった気になるのだ。
多分、「ナルト君」と優しく呼ばれたからかもしれない。
ねーちゃんという存在が自分にいたとしたら、こんな感じでオレのことを呼んでくれるんだろうな。

「ぶつかってごめんってばよ」

手を添えて立たせたが、ほぼ自力で立ち上がる姿にホッとした。
それでも自分の手の中にある杖が申し訳なさを際立たせる。

「ねーちゃん、足悪いのか?」
「ちょっと怪我しちゃったの。でも日常生活に問題はないから大丈夫よ」

そう微笑む姿が何故か悲しそうに見えたのは、暗くなっていく空がねーちゃんに影を落としたせいだろう。
だって、オレに話しかける声はとても優しいのだから。

それからオレらは二人で一楽のラーメンを啜っていた。
病院で定期健診を受けた帰りだというねーちゃんは、一楽に行くという言葉を聞いて一緒に行ってもいいかと尋ねてきた。
勿論だと答えれば杖の規則的なリズムに合わせて歩先は一楽へと向かったのだ。

そうだ。オレってば腹減ってんだった。

気付く頃には、目の前に好物の味噌チャーシューが大盛りで待ち構えていた。
隣を見れば品良く箸を割るねーちゃんの姿。
何故か今一緒にラーメンを食べているというシチュエーションにむず痒くなったオレは、誤魔化すように豪快に箸を割り威勢良く頂きますと叫んだ。
横からまるでオレを見守ってくれてるみたいな瞳を向けてくるねーちゃんに、またむず痒いものが背中を伝った。

たぶん。こんなにも長い時間をかけてラーメンを食べたことはない。
いつもなら食べ始めから終わりまでは一息に近い。
しかし、今日は一口食べては言葉を発しという繰り返しで、ねーちゃんといろんなことを話した。
オレがばたばたと話す内容にもちゃんと頷いてくれる姿が、また色んな話をしたいと思わせる。

オレのこと。

サクラちゃんのこと。

イルカ先生やカカシ先生のこと。


それに、サスケのこと。

勿論つい最近まで行っていた中忍試験の話までしだせば、食べることを忘れそうになっていた。
おやじの伸びるぞという一言に慌ててラーメンを啜る。
これの繰り返しだった。


「そうだ!ねーちゃんも中忍試験本戦、見に来てくれってばよ!」

まだまだ話し足りないこともあったが、器が空になったねーちゃんが行儀良くご馳走様でしたと手を合わせる姿に倣うことにした。
もしかしたらおやじに、「ナルトに姉貴がいたらこんな感じかもな」と心に描いたものを言い当てられたからかもしれない。
ちょっとだけ恥ずかしく感じたオレは、スクッと席を立った。
それでも、これでさよならをすることに寂しさを覚えたオレは別れ際ねーちゃんにそう声をかけた。
本戦は一般人も見れると聞いていたから。
運が良ければ会えるかもしれない。

それだけじゃなくて、オレの戦いを見ていてほしかった。


「……そうね。ナルト君が頑張るなら見てもいいかも」

そう夜空に呟くねーちゃんに、期待は高まる。


初めて。

イルカ先生でもなく、火影のじじいでもない。

オレを優しい目で見てくれる忍とは関係ない世界で生きる人。

その特別感に、何度感じたか分からないむず痒いものが這い上がってきた。
アカデミーの時、親が来れば恥ずかしそうにしていた周りの奴らも、もしかしたらこんな風に思っていたのかもしれない。


「オレってばエロ仙人からすっげー忍術教わってるから、いいところ見せるってばよ!」
「じゃあ、楽しみにしてようかな」

絶対なんて約束は無いけれど。
きっとねーちゃんは来てくれると、オレは信じて疑わなかった。

だって、楽しみにだと口にしたねーちゃんの瞳が、星を写すみたいにすっげー綺麗だったから。



「じゃあ、またね」

夜に溶けていくように消える後ろ姿を、オレはいつまでも見送っていた。



明日からの修行、気合入れるってばよ。





next