適量の孤独 | ナノ

惚れた弱みのなんとやら


一向に消息が掴めない。

そう聞いていた。

実際、ある日を境に自来也様の姿をパタリと見なくなったのは事実。
それがどうだろう。
今目の前で何本目か分からぬ熱燗を空にする御仁は誰だと言うのだろうか。

「……ふぅ」
「どうした、酔ったかのぉ?」

にやにやとした笑みのまま、こうして私の機微に敏く反応を返す。
少しの隙も作れやしない。

「三代目様がお可哀想で」
「三代目ぇ?」

復唱された言葉の端々には、「何を言う」と驚きにも呆れにも似た雰囲気が読んで取れる。
呆れるのはこちらの方だ。

「木ノ葉に帰って来ているのなら、そう教えて差し上げればいいのに」

そう告げれば、彼は馬鹿を言えと吐き捨て残りの酒を飲み干した。
面倒には巻き込まれたくないと言うその姿に、呆れを通り越して嘘つきですねと呟きそうになった。

だって、あなたは。


「大方、大蛇丸の行方を追って木ノ葉に舞い戻った……というのがオチでしょうけど」
「……」


無言は肯定。
とはよく言ったものだ。
継ぎ足したばかりの酒を情緒のへったくりも無く胃に流し込んでいくのがその証拠。
こんな風流無しの飲み方を、いつもの彼ならしないのだから。

「噂は本当でしたか」

着物の裾を捌き溜息を一つ。
脱力感に似た倦怠感が、肩から力を抜いていった。
こちらを視線だけで伺う彼に、数日前三代目に言った台詞を繰り返す。

「ここは噂話の宝庫ですよ」

あっという間に空になった猪口に注ぎ足そうと熱燗を差し出してみれば、彼は渋い顔で私の酌を受け取った。
その眉間による皺と渋い顔を、幾度となく見ているから知っている。
あなたはこう言いたいのでしょう?

「全く、お前みたいなのを相手にする男共の気が知れんな」

そう、いつもこう言うのだ。

「あなたもその一人ですよ」

私にとってみれば自来也様も噂話の宝庫。
こうしてお酒を酌み交わせば知らぬ話を幾らでも聞くことが出来る。
まぁ、肝心な話はいつも聞けず仕舞いだが。
彼が意図して私に話さないことは多分にあるし、勿論私が口に出さないこともある。
それでも、こうして彼が此処を訪れる度に色々な人から見聞きしてきた噂話を彼に提供する辺り、惚れた弱味のなんとやらだ。


「もう、大蛇丸は里に?」

自来也様がこの里にいるのだから確認せずとも答えは決まっていたが、敢えて言葉にすることで現実味が増した。
大蛇丸は私にとってあまり現実的な人間ではなかったのだから。

「……あぁ」

苦々しく答える口は、大蛇丸が木ノ葉にいるという事実に危惧しているのか、はたまた私に話すことへの抵抗か。
些か重くなっていく口を開かせようと、私は再び熱燗を傾けた。


「何をしようと……
「まぁ、そんなこと儂らが考えても仕方ないのぉ」

「……」

いつものことだ。

何故、どうして。

そう考えを巡らせようとすれば、私の思考の糸をプツリと切断にかかる。
その度、彼が私に情報を与えないようにしているのだと気付くのだ。
冗談とおちゃらけた軽口によって。

そしてそれが私を巻き込まない為の優しさだと思い知らされる。

何も知らなければ巻き込まれない。


普通に生きろ。

以前そう彼から告げられたことがあったが、私は決して首を縦に振ることはなかった。
余りの頑なさに彼に渾身の溜息を吐かせることにはなったが。

それでも、
私はもうあなたを知ってしまった。

私には過去がある。

忍であったという過去が。

それらを捨てて普通に生きることなど、
考えただけでも恐ろしかった。
捨ててしまえば、私には何も残らないと思ったからだ。

しかし彼は私に普通を要求してきた。

だから最後の抵抗として、私は此処にいる。
数多の人間の話を聞き、それを彼に伝える。
小さな何てこともない情報であることは分かっている。

それでも、これが今の私に出来る自来也様への気持ちの表し方なのだ。


「さて、そろそろ帰るかのぉ」

ゆったりと腰を上げる自来也様。
膝にかけた手の節々が何故か酷く愛おしくも恨めしく見えたのは、彼の目を見て不満を吐露出来ない心理故のことなのか。
毎度騒めく心のままに、彼を門まで送ることが通例行事のようになっている。


だから彼が呟いた一言を聞いた瞬間、思考の更に奥で何かが切れる音がしたのだ。




「もう、儂のために諜報活動のような真似はするな」


そう、何かが切れる音。


「あなたが……」
「……」

背中から這い上がってくる不快感。
手先から引く血の気とは裏腹に、頭に昇っていく血流。
思考の先回りをして心から口へと運ばれていく言葉。

あぁ、これが怒りだったか。

久しく感じていなかった心から湧き出す小さな波紋。
それがやがて井戸から溢れるように言葉の洪水となって私の口から飛び出した。


「あなたがそれを言いますか!」
「……」

一度気に吐き捨てられた酸素を求めて荒ぐ呼吸。
先程まで陽気に鼻歌を歌っていた彼の目付きが鋭く変わったのが分かった。




そう、こっちを向いて。

彼は陽気でおちゃらけた性格ではあるが、実際のところはまるで別人なのだ。
陽気を装っているだけ。
周りの人間を心配させまいと、巻き込ませまいとして。
それでも、今はその陽気な彼には用がない。

私が相対したいのは、そう。


この鋭い瞳で相手を射抜く、彼なのだ。


「私からこれまで奪うのですか」

怒鳴ってしまえば後は酷く冷静になっていく思考が、私に氷のような言葉を吐かせた。
この一言が、彼を責めるものになってしまうと知りながら。

「……」

案の定、彼の顔は想像通り。
私が見たくないと願った、苦渋に歪む切ない顔。
本当は、この足が忍として使い物にならなくなって、それでもあなたの役に立ちたくて此処にいる。
此処で多くの話を聞いている。
そう伝えたいのに。
彼の哀しげと贖罪の入り混じる瞳と、私を気遣う言葉。

発してしまった心無い一言が、私から声を奪っていった。



気付けば、彼の背が扉の向こうに消えていく、そんな空虚な景色しか残らなかった。





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