適量の孤独 | ナノ


下手くそな娘


「まさか、三代目様までいらっしゃるとは……」

木ノ葉での中忍試験を控え、忙しなく雑務に追われる身で得た休息。
久々に懐かしい顔でも見ようかと顔を出してみたはいいものの、こちらの顔を見るなり目の前の娘は溜息を吐いた。

「なんじゃ、藪から棒に」
「いえ、こちらの話です」

暫しこちらを見つめた沙羅は、仕方ないと言わんばかりに笑みを零しこの老体を一等良い部屋へと案内してくれるのだった。
後から聞けば連日客人に追われていたという。
もしかしたら来るタイミングを間違えたのかもしれないと思いはしたが、この娘の顔を久しぶりに見ようと思ったのも事実。
何よりも、休息に与えられた時間を美酒に酔いたいと訪れたのが本音かもしれない。

「どうじゃ、足の具合は」

極彩色の着物の裾に隠れて見えはしない沙羅の足に視線をやれば、斜め上から微笑が返って来る。

返事はいつもと同じなのじゃろう。


「もう平気ですよ」

そう、たったの一言。

老いぼれが何度も来ては同じことを尋ねると思っているのだろうが、こちらとて無闇矢鱈に聞いているわけではない。
どうせこの娘を目当てに贖罪を抱えてやってくる奴らなど、足のことを有耶無耶にして聞くことなどしないのだろうから。
せめて儂だけでもこやつに辛いと吐き出させてやろうと思ったのだ。

それが儂に出来るこの娘への償いだと思っていた。

それでも、この娘はいつも。

いつも微笑んで儂の言葉をするりと躱していく。
もう何度交わされたかも分からぬそのやり取りに、今度はこちらが溜息をつく番だった。


「すまなかったと思っている」
「……」

そして儂がこうして謝る度、この娘は笑みを酷く曖昧に作り変えるのだ。
忍を辞めざるを得なかった苦痛、満足に足が動かなくなった切なさ。
同時に儂にこうして謝罪を入れさせてしまう自分にすら腹立たしく思っているのだろう。

この娘はそういう人間だ。

きっと、この老体が生きて沙羅の前に現れるかぎりこの娘は罪の意識に苛まれるのだろう。


私の力不足です。

そう嗚咽を漏らして語る昔が蘇ってくるのだ。




「それより……」
「……?」

相変わらずこの手の話題変換が下手くそなこの娘が発した言葉。
空気が重くのしかかる苦痛に互いが耐え切れなくなる前に、こやつはいつもそうだと話題をすり替えていく。

良い美酒を手に入れたとか、女将さんがとか、三代目は。
とか。

その気遣いにすら心が痛むがいつも話題変換に乗ることにするのだ。
何故かは分かっている。
沙羅がこの話を苦痛に感じているのと同時に、


儂も苦痛に感じているからだ。


「それより、もう直ぐ中忍試験ではありませんか?」

ふっと軽くなった空気と共に時間が動き出す感覚。
注がれる無色透明の酒を眺めながら、その口から出てくる言葉に流石と朗笑した。

「流石、耳が早いのぉ」
「噂話の宝庫ですからね、ここは」

いつの噂話とやらを思い出しているのか。
沙羅はやたらと広い部屋のいつかどこかへと視線を運んでいた。


「さて、どうなることやら」

楽しみでもあり、不安要素てんこ盛りでもある今回の中忍試験。
開催するにあたり、暗部からは良くない噂も報告されている。
正直なところ不安要素の方が圧倒的割合を占めているのは確かだった。

しかし、火影の身としては新たな木ノ葉の芽吹きに期待せざるを得ない。

継がれゆく火の意志を、あのやんちゃ坊主たちは持っているだろうか。


特にそう、あのナルトは。

猪口の底で、期待に胸を膨らませる自分が朗らかに微笑んだ。


「きっと、火の意志は受け継がれています」

まるでこちらの心の内を見透かしたかのような言葉は、ゆるりと美酒と共に喉を通っていく。

「だといいんじゃがな」

熱い息と共に漏れ出す期待に、横からは勿論だと肯定の呟きと一笑が聞こえた。
火影として、沙羅の事故の原因を作った人間として、その言葉は何よりもの救いだった。

儂を恨むのでもなく、新たな木ノ葉の芽吹きを歓迎してくれるのかと。


「楽しみですね」


本当に、そう。

楽しみなのだ。





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