適量の孤独 | ナノ


一陣の風が運ぶ者 弐


「そんな……まさか…」

零れた言葉に返事をしてくれる者は、この場にはいなかった。
女将さんが話してくれたのは、少し前にこの店を茶屋だと思い訪ねて来た二人組について。
ただ茶屋を訪ねただけなら全くもって問題はない。
しかし、私が意識したのはそんなところではなかった。
女将さんが変な奴らと渾名するに相応しい容姿について。
その二人組は、黒地に赤雲の模様が描かれた長い外套を羽織、顔を隠すようにして被った笠が印象的だったという。
その特徴を聞いた瞬間。

私の記憶を、曇天と辺りの音も聞こえない程の雨が過った。


「その二人組は何処へ……」
「え?」

「その二人組は何処へ行ったんですか!」

急に声を荒げた私に、女将さんは目を見開いてこちらを見つめた。
その瞳に映る私は、酷く動揺している。
どくどくと心臓が鼓動を早め、肺が浅く息を繰り返す。

「そこの角にある一休に行ったんじゃないかい?」

一休。
店先に桜の老木が佇む甘味屋の老舗だ。
この木ノ葉では甘栗甘程ではないが、お団子が美味しいという有名どころの一つだろう。
私は女将さんの言葉を聞くや否や、検診の為の荷物を全て放り投げ杖を片手にお店を飛び出した。
後ろで女将さんの「どうしたんだい!」と張り上げた声が聞こえたが、今はそれに立ち止まっている暇は無かった。


どうして。

そんな疑問が次々と湧き出て来る。

黒地に赤雲の装束。

昔、過去に一度だけその装束を目にしたことがあった。
もう何年も昔のことである。

この下肢が役目を果たさなくなった時に請け負っていた任務。

その任務で、私は赤雲が視界を過ぎるのを、息を殺して見つめていた。


早く。
早く自来也様に伝えなくては。

焦る気持ちとは裏腹に、ちっともスピードを上げやしない両足に嫌気がさす。
杖など放り投げて、この風の様に地を蹴りたかった。
こんな気持ちを、あと何度感じれば気が済むのだろう。
しかし、冷静さを欠けば重大なミスの原因となりかねない。
私はそれを、身を持って経験していた。
下唇を噛み締め、己にある冷静という細胞を掻き集めるだけ掻き集めて脳へと送る。

冷静になれ。

自来也様なら、そう言って私の肩に手を掛けるのだろう。


「ふぅ」

急いても進みはしない足をそっと止め、お腹に溜まった焦りを細く長く吐き出す。
黒地に赤雲の装束。
その単語を聞いただけで鼓動を早めていた心臓がゆっくりとした歩みを取り戻す。

大丈夫。
私は冷静になれている。

瞳を閉じて、暗闇になった視界の中でそう呟く。
おまじないのようなそれに、されど安堵する自分を感じ、また冷静になる。


今、私がしなくてはいけないこと。
それは、木ノ葉の忍と情報を共有すること。

そう。
昔の私がしていたように。



誰か。

そっと瞳を開いて眩しい世界を受け入れる。

一陣の風が埃を舞い上げ視界を遮った。

瞬間。


ひらりと舞う木の葉のように目の前に現れた人物に、ぽつりと言葉が漏れた。



「貴女は……」

私の願いが自来也様に届いたのかと思った。





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