あなたはとても残酷だ
「今日もいらしたんですか」
豪奢な襖を引けば、ほろ酔い気味で宴会に興じる御仁が一人。
もう見慣れてしまったその光景に溜息が漏れた。
杖の規則的な音と共にずるずると豪華な着物を引き摺って側へと寄れば、自来也様は私をいつものように見上げる。
「今日も色っぽいのぉ」
そう冗談めいた口調と共に。
このやり取りを何度したかなど、もう両の手で数え切ることが出来なくなる頃には指を折ることを止めていた。
数えることに意味などないと悟ったからだ。
私はいつものようにゆるりと隣へ腰を下ろす。
その動作を繁々と見つめる自来也様の視線に知らぬ存ぜぬを決め込んで。
「それで、今日は何の御用で?」
酒盛りをする男に対してする質問ではないと分かってはいたが、とりあえず儀礼的に聞くことが日課のようになっていた。
聞けばあーだこーだと多種多様な用事とやらが飛び出してくるからだ。
まぁ、どれも取るに足らない小事ばかりだが。
「久しぶりに美人の酌で飲もうと思っての」
珍しい。
今日は飲みに来たと正直に白状することにしたらしい。
「久しぶりって、ついこの間いらしたばかりでは?」
酌をされに来たというわりには、私が席に着いてから自分で手酌をしようとしているのだから呆れる。
私はその手からすっと熱燗を奪った。
彼が何故そんなことをしようとしたのかは、聞かなくても分かっている。
多分、理由は私に付いているこの下肢にある。
もう、以前のように動かすことの出来ぬ、飾りのような下肢に。
咄嗟に動くことの出来ぬ身を案じた彼は、毎度こうして私の仕事を奪っていくのだ。
自分で手酌をするのは、私が腰を上げることを不自由としているのを知っているから。
なんと厄介な体になったことだろう。
しかし、今はもうそんな自分に慣れた。
思い出せば、あれはもう五年も前の話だ。
ささくれ立っていた心も、今はもう凪ぐ水面の如く穏やかになっている。
だから――――
「沙羅?」
「え」
ふと記憶の沼に足を入れていた意識を呼び戻す声にハッとする。
お酒が入ったにしてはしっかりとした視線に曖昧に微笑んでやり過ごせば、彼はいつものように豪快に笑い飛ばすのだった。
その優しさに、私がどれだけ傷付き救われてきたかなど、知る由もないのだろう。
―――あなたは、とても残酷だ。