そんな都合の良い感情 参
「その様子じゃ、今の今まで気付かなかったみたいだね」
身体に有害だと言われる煙管をまるで酒のように嗜む女将。
その前では、儂などまるで赤子同然だった。
「罪滅ぼしなんてのは体の良い言い訳さ」
「惚れた腫れたなんて感情も言い訳さ」
この浅ましい心の皮を一枚、また一枚と剥いでいく女将の言葉。
それは整理のつかなかった感情にストンと名前を付けていった。
「お前はただ許されたいのさ。あの子の口から、ただ一言。許すという言葉が出るのを待ってるのさ」
ふぅと吐き出される紫煙を追う。
もう顔を出してしまった心の深淵を繕おうとは思えなかった。
罪滅ぼしとして生きていける道を示したことも、あの熱を孕んだ瞳に魅入られていたことも、全て許されたいという気持ちが見せた幻影にすぎない。
勘違いなのだ。
全部、勘違い。
「お前は…
「女将。もういい」
そう。
もう十分だった。
このざわざわとした心の深淵に名がついた以上、それが全てだった。
だから、もう十分である。
「やっぱり、お前さんにとってあの子はそんなもんだったんだね」
重い腰を上げて勝手に退出しようとする背中に掛けられた呟き。
しかしこの時の儂には、その言葉の真意など理解することは出来なかった。
心の深い部分に許しという名が付いたことで、更にその奥にある感情すらも許しだと名付けてしまったのだから。
「そうかもしれん」
自分でも驚く程諦めに似た色を覗かせた呟き。
勝手に退出した儂の後を律儀にも女将は追ってきた。
静まり返った廊下を陽射しの差してきたらしい出口まで歩いていく行為は、許しを請う姿に似ている。
そんなことを思えば、口元には己を呆れる笑みが浮かんだ。
だから気付かなかったのである。
儂がふらふらと店を出たその後。
「あいつも悪い。でも、あんたも悪いんだよ。分かってるかい?」
女将が背中越しにそう呟き、泣き腫らした瞳で気怠く頷いた沙羅がいたことを、知る由もなかったのである。