この心に 弐
「お前の所為さ」
飲み疲れ泣き疲れ、持っている限りの生命力全てを使い果たした沙羅は気絶するように眠りについた。
ずるりと身体の上にしな垂れ落ちる姿。
伸ばしても何も出来なかった手がカクンと目元に落ちてきた。
暗闇に覆われた世界に安堵した自分に溜め息が漏れる。
「何やってんだぁーのォ」
それは紛れも無い己自身へ向けられたもの。
零した呟きに返事など返って来ないと思っていたが、頭上からは少し嗄れた艶のある声で儂を責める言葉がバラリと降ってきた。
「女将」
薄眼を開けて視線だけを頭上へやる。
人差し指程の隙間しか空いていない襖の向こうに女将がいるのだろう。
ただ女将を呼んだのか、この状態をどうにかしたいと呼んだのか、はたまた女将ならば不甲斐ない自分を責めてくれると願い呼んだのか。
実際のところはその全てであり、その全てでなかったのだろうと思う。
ただ女将は不甲斐ない儂を責めることを選んだ。
当然かもしれない。
ゆっくりと起き上がり、沙羅を冷たい畳の上に横たわらせる。
この身体に宿った熱の根源を断とうとしての行為だったことは、後になって気付いた。
「女将、これはないだろォ」
予想通り部屋を出た儂を待ち受けていた女将は、顎でこちらへ来いと促した。
湿気の多い床板がペタペタと足裏に張り付く。薄暗い廊下の先には一度も入ったことのない女将の部屋がひっそりと存在していた。
そこへ招かれた儂は、目の前に出された飲み物にガクリと肩を落としたのである。
「お前にはそれで十分さ」
湯呑みに入る水を酒と間違えて口にした瞬間のなんとも言えない気分。
慰めをもらえるはずなどないと分かっていたのに、期待してしまった自分にまた苦笑が漏れた。
観念してちびりちびりと口を付ければ、目の前をゆらりと紫煙が漂う。
「その心にいるのは誰だい」
「……」
カンカンと灰を落とした煙管がスッとこちらへ伸びてきた。
正確には、儂の心臓。
心へ。
静まり返る薄暗い部屋の中で、その問いと共に伸びてきた煙が心をゆるりと締め上げていく。
この心にいるのは誰か。
閉じた瞼の裏に、あの日が蘇った。