適量の孤独 | ナノ


けじめ 弐


「女将!」

直ぐ目の前まで大蛇が迫っているというのに、襟を揃えて居住まいを正していたこの女将は優雅に煙管を吹いていた。

まったく恐れ入る。

緊急避難指令が出ているのだから、もっと慌てればいいものを。
相変わらず肝が座っていた。
まぁ、それぐらい盤石している人間でなければ沙羅を紹介しようとも思わなかったわけだが。

「なんだい、騒々しいね」

大蛇なんて、戦争なんてどこ吹く風。
ゆるりと紫煙を吐く姿にこちらが間違った行動をしている気になる。
そんなことは決して無いのだが。

「あいつは何処にいる」

開口一番口にした言葉に、女将はその世間を見渡してきた瞳をすっと細め儂を見た。
そしてゆるりと紫煙を燻らせる。

その視線に、お前の方が居場所を知っているだろう。

そう言われているような気がした。


「あの子は本戦会場だよ」

分かりきっていた答えが返ってくるというのに、その後のことを考えていなかった思考は当たり前のように舌を打たせた。
そんな舌打ちを聞いた女将は、呆れたとでも言うようにまた一つ紫煙を吐く。
沙羅がこの場所にいないということに安堵すると共に、更に危険な本戦会場にいるだろうことに焦燥が増した。

「女将、早く避難しとけ」

本戦会場に行かなくてはいけない用の出来た儂は足の向きを変え背中越しに言う。
この女将は強引にでもしない限りそうやすやすとこの場所を動かないかもしれない。
これで女将が殺されたとなっては本当に沙羅に顔向け出来なくなる。
それは避けなくてはいけない。
そんな想いが安全確保のための言葉を紡がせた。

「ふんっ」

しかし相手は肝っ玉の据わった御仁ときている。
儂の忠告に鼻で笑い、更にはあいつと良く似た瞳を向けるもんだからまいる。


「此処は私の城だよ。おいそれと退くもんかい」

言わんこっちゃない。
儂をまるで小僧扱いするこの豪胆ぶりには毎度舌を巻くのだ。
だが今回ばかりは言うことを聞いてもらわないと困る。
そう思い再度注意を促そうとしたが、そんなこちらの思いをあっさりと受け流した女将はゆっくりと腰を上げ避難準備を始めていた。
と言っても、もう準備は出来ていたのか後はその身一つ避難所へ向かえば良いという状態になっていた。

もしかして。

いや、間違いない。

女将は、儂が沙羅を心配してこの場所へ来ることを知っていた。
そしてあいつが何処にいるのかを伝える為に、こんな戦場のど真ん中で留まっていたのだ。
予め準備されていた荷物がその証拠だろう。

小僧扱いするはずだ。
儂よりも余程忍として向いている。

本当に、恐れ入るとはこのことだ。


「儂の分身を連れて行け」

その覚悟を勝手に受け取った儂は、身の安全を第一に分身を付けることにした。
外はもう砂の忍がうろうろしている頃だろう。
様子を見ていれば、女子供構わず狙いを定めているようだ。
のこのこと女将が出て行けば間違いなくターゲットにされかねない。

「私はもっと若いのが好みなんだけどねぇ」

此の期に及んで若い男を所望するとは。
そんなあっけらかんとした態度に張っていた肩がストンと落ちた。

「なぁーにを。儂だってまだまだ現役だーのォ」

そう調子を合わせながら扉の隙間から外を伺う。
やはり予想通り砂の忍が家々を荒らしながら木ノ葉の人間を血眼になって探していた。

ツメが甘いのォ。

とっくに避難は完了してるってのに。

まぁ、ここに例外は一人いるが。

それにしても、この木ノ葉をなめきった戦略に益々大蛇丸をぶん殴ってやらなくては気が済まなくなってきた。
沙羅の無事も確認しなくてはいけないとなると少し骨が折れるが。
まずは女将を避難所へ誘導しなくてはいけない。
そう考え、後手にポーチからガサゴソと煙玉を取り出す。
安直な目眩ましだが、それで充分。

女将には分身と共に避難所へ向かわせ、儂は一通り埃を掃いたら本戦会場へ向かうとしよう。

そう粗方の流れを決め女将に視線を送った。
察しの良い女将は一つ頷き、小さな荷物をきゅっと抱え直す。


「行くぞ」

そう言葉にした瞬間、背中に伝わる人の手の暖かさが外に出るタイミングを遮った。

何事だと振り向けば、真っ直ぐ儂を見上げる視線とかち合う。




「死なすんじゃないよ」
「……」

何を意味しているかは、直ぐに分かった。

沙羅を死なせたら許さない。

そう言いたいのだろう。
儂の答えなんぞ聞かなくても女将には全て分かっているのか、その視線は直ぐに外され周囲の様子をつぶさに観察し始めた。

それでも、女将の覚悟に対する自分へのけじめとして呟く。



「任せとけのォ」

三つのカウントと同時に飛び出した足は、あいつを見つけるまで、もう止まらないだろう。





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