適量の孤独 | ナノ


嘗ての忍 弐


少しの間互いの戦力を見極めつつ混戦を続けていると、視界の端でサスケが我愛羅を追い飛び出していく姿を捉えた。

あいつ、何する気ヨ。

そう考えて、まぁサスケのことだから強い奴を求めて我愛羅を叩きに行ったのだろうと察した。
中途半端が嫌いなやつだ。
闘って勝敗が決まるまで、貪欲に追いかけていくのだろう。

でも。

今はそんなことさせてあげられる状況じゃないんだーヨネ。

師としてサスケが我愛羅に勝利する姿は見たい。
勿論追いかけて戦闘になった場合、サスケの勝利を信じていないわけでもない。

だが今はそれどころではないのだ。

火影が捕らわれ、砂隠れの忍が裏切るという忍里同士の均衡が崩されているのだ。
何よりこの調子ではこの会場の外も荒廃しているだろう。
木ノ葉の民の命が狙われている可能性が高い。

今するべきは民の安全確保と敵の速やかなる排除の二点だ。

興奮して我愛羅を追ったサスケには悪いが、これ以上事を荒立てるべきではないという判断のもと、俺は幻術返しに成功しているサクラに声をかけた。
ナルトとシカマルを起こしサスケを追い、見つけ次第次の命令があるまで待機せよ。
そんな波の国以来のS級任務を言い渡した。
不安気な瞳で見上げてくる教え子に、お前なら出来ると微笑んでみせる。
頼りなかった瞳が決意を固めたものに変化する様を見て、やはり師としてこいつらに中忍試験を受けさせたことは間違いではなかったと安堵した。
サクラがナルトとシカマルを起こしにもぞもぞと動き出したのを横目に、再び向かい来る敵を薙ぎ払うため右足を振り上げた。


長い闘いになる。
そう直感的に感じたことはどうやら間違いではないようで、数の減らない敵は殺れど殺れど湧いて出てきた。
同盟を結んでいたことで敵という枠組みからは外れていたが、こうなってはもう容赦しない。

木ノ葉に仇なすのであれば、同盟を結んでいたとて敵なのだ。




「ナルト!」
「?!」

すると、突如サクラの悲鳴にも似た声が後方から響いてきた。
しまったと振り返ってももう遅い。
ナルトの後方から俺たちが洩らしたであろう敵がここぞとばかりに迫っていたのだ。

こんな時に。

俺の動きを封じる様に組手を取る忍がニヤリと汚い笑みを作った。
ガイの気配を探るが向こうも手が離せないようでヒヤリと嫌な汗が背を伝う。



瞬間。

聞き覚えのある、しかし聞こえる筈のない人物の声が耳に届いた。
眩いまでの光が視界を覆ったのは、その直ぐ後である。
目が眩んだ俺はチャンスとばかりに隙を作った相手を払い投げ飛ばした。
視界が世界の色を取り戻した時、目に飛び込んで来たのはナルトたちを覆うようにして作られた真珠のように真っ白な物体。

そして息を切らす沙羅の姿だった。

「お前……」

苦しそうに胸を上下させ息を切らす彼女の姿を見たのはいつ以来だろう。
思い出すには時間が足りないことを承知で引き出しを開けようとする己の思考。

そして何故此処にいるのだという動揺。

そんな俺を戦場に引き戻したのは、やはりいる筈のない彼女の声だった。

「カカシさん!」
「!」

背後に迫る相手をクナイ片手に一撃すれば、相手は腕の中で息絶えた。
どさりと落ちる生々しい音に構うことなく、俺はナルトたちの安否を視界の隅で確認し彼女の側へ駆け寄る。
ナルトたちのは何事だとばかりに目を見開き驚愕していた。

「沙羅」
「久しぶりなんで……ちょっと無理しましたかね」

そう吐き出す彼女の額には脂汗が滲み出ている。
そりゃそうだ。
久しく実践から離れていた人間がそう簡単に術の発動を成功させられるわけがない。

無理しすぎデショ。

そう喉まで言葉が出てきそうになった。
しかしそれを口に出さなかったのは、彼女の横顔が忍としてのそれだったからだ。

「大丈夫か」

無難な言葉を掛ければ、「一応」なんて空元気ばればれの強がりが返ってくる。
着物の裾がぼろぼろに切れ汚れているところを見ると、相当慌てていたのだろう。
足を引き摺るようにしてへたり込んでいる様が痛々しく見えた。

「これは、大蛇丸の仕業ですか」

周囲を見渡し確かめるような口調に肯定を示せば、彼女は苦々しく唇を噛んだ。
大蛇丸という単語が出てくる辺り、彼女もこの現状を予期していた人間の一人なのだろう。
自来也様が近くにいたのだから当然か。と一人ごちたところで、サクラが声を上げた。

「カカシ先生!」

任務を遂行します。そう告げる瞳に一つ頷けば、ナルトたちはサスケを追うためにガイの空けた大穴から飛び出して行った。
それを見送る沙羅の瞳を横目に、俺はナルトたちが無事サスケを止めてくれることを祈りながら、横にいる彼女の生気を感じ一人安堵の溜息をついたのである。


「沙羅……
「大丈夫です。自分の身は、自分で守れます」


そう告げる彼女の瞳は、やはり信頼の置ける、嘗ての忍の姿そのものだった。





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