適量の孤独 | ナノ

困ったお人 弐


二人の名が呼ばれ姿が会場に現れると、客席から波打つような歓声が上がった。

国の権力を見せつける戦争の縮図として設けられた中忍試験も、一般人にとってはエンターテイメントと化すから不思議である。
戦争が身近にある世の中で、やはり闘いが目の前で観戦出来るというのは忍里の人間の血が騒ぐと言ったところなのだろうか。
勿論、自分が危険に晒されないことを条件として。だろうが。

次第にボルテージを上げていく観客。
選手を煽るように注がれていく騒音の波。
観客の隙間を縫って見つめる試合内容は、とてもではないが心臓に良くない。
ナルト君の相手である日向ネジ君は、やはり前評判通り動きや技のキレが抜きに出ている。
実力だけならば中忍でも十分やっていけるのだろう。
そんなネジ君と対峙するナルト君は、多方から繰り出される柔拳の餌食になっていた。
声援など届かないと分かっているため、持っていた杖を汗ばんだ手で握り締めることしか出来ない。
次第に何度倒されても立ち向かっていく様は引くことを知らない鬼神を想起させ、一種の凄みを感じさせた。

もしかしたら、自来也様はナルト君のこんな部分を面白いと評価したのかもしれない。

勝ちを信じて諦めない、ど根性とやらを。


一対一の試合では戦略と手の内にあるレパートリーの広さが勝敗を分けることもざらだ。
その点において二人の試合は時間が経てば経つほど網目の荒い篩のような試合になっていく。
戦略にまだ余裕を見せるネジ君に対し、まだすっげー技とやらを出していないナルト君の方がレパートリーには広さの余裕があるのだろう。

しかし、自来也様は何を教えたと言うのだろうか。

こんなにも身体共に底を尽きそうな彼から飛び出す技とは。

知らぬ間にのめり込んでいたのか、ゴクリと唾を飲み込んだことで息をすることを思い出す。
杖をあらん限りの力で握っていたため、切り揃えられた爪が掌に跡を残していた。



『戦いはのめり込みすぎてはいけない』

ふと冷静になる思考。
自来也様が以前宵闇に紛れて呟いた一言だ。
あまりにリアルな声に辺りを見回すが、本人がいるはずなどない。
私が来ると断言するより前に、彼がこの場に姿を現さないことは決定事項だったのだろうから。
だからこその私に対する一言だ。


行くな。

自分がいないのだから守る人がいないとでも思ったのだろう。

彼はそういう人。

自惚れでも何でもない。

彼は自分と関わりを持ってしまった全ての人を助けられないと自覚しながら、それでも尚守ろうと尽力する悪い癖を持っている。


本当に、困ったお人だ。

そんな自来也様の姿を想像して、彼の教えとも取れぬ言葉を反芻した。
一つの息を吐いて背もたれに重心預ければ、強張っていた肩の力が抜けていく。
ナルト君が手も足も出ない状況に追い込まれ、観客のボルテージが最高潮になっていく中で、まるで任務をしていた頃のように落ち着いていく思考。
その思考は客観的に二人の試合を観戦する目をもたらしてくれた。

そんな時だ。
観客の声援や談笑、忍具の飛び交う音や影分身が消えていく音。
ナルト君が倒れ、彼を見下げる真白の瞳が作り出す一時の沈黙。
そんな中、まるで灯台の灯りよろしく伸びてきた言葉に、どくりと寒気が走った。

灯台の灯りなんて希望のような例えが、煙の如く消えていく。


その言葉が私の中で意味を成す前に、心にヒュッとメスの入る音がした。





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