適量の孤独 | ナノ


困ったお人 壱


自来也様に宣言してから数日後。

結局のところ、足は中忍試験本選会場へと向かっていた。
蒼穹に斑な雲がゆっくりと風に流されていく気持ちの良い空に、深い深呼吸を一つ。
不吉な予感が当たらなければいいと、肺にたっぷりと期待を詰め込んだ。
そして浮かぶ自来也様からすっげー忍術を教わったのであろう本選招待人。
今頃ナルト君は緊張に押しつぶさたうれそうになっているかもしれない。

「……」

いや。

それはないか。

ふと過る考えに苦笑が漏れた。
一楽での出来事を思い出す限りあの少年に緊張なんて文字は欠片も感じられなかった。
寧ろ興奮という表現の方が彼には似合っている。

あの少年ならば、やってくれるかもしれない。

何しろあの伝説の三忍、自来也様の教えを受けたのだから。
この目でしかと見届けなければという気持ちが湧き出す。
それは期待を抱かせずにはいられないナルト君自身を見届けたいのか、自来也様に期待され教えを受けた自来也様というフィルターを通ったナルト君を見届けたいのか。
正直比重は後者に大きく傾いている。
しかし、期待しているという部分に関しては両者相違ないのだ。

私の足がはやる気持ちに後押しされるように、些か歩調を速めたことは言うまでもない。



喧騒と熱気に溢れた本選会場は、一歩足を踏み入れた私の体を押し上げるように圧倒した。
諸国大名や本選に残った忍里の火影と風影が相見える様は壮観と言っても過言ではない。
この空気に浸る久しぶりの感覚が、ぞわりと肌を泡立てる。
まだ闘いの中で培われた血とやらが騒ぐことがあるのだと、椅子に腰掛ける重力に引き摺られるようにして感覚が呼び起こされた。
瞬間、心にホッと胸をなで下ろす自分がいることに自嘲せざるを得ない。
やはり、忍であったという過去は捨て切れるものではないのだろうか。


「最初の試合は捨て試合か」
「あぁ、あの日向が相手じゃ勝ち目なんてねーしな」

そんな思考に頭をもたげていると、横から二人組の男性がこれからの試合の行く末を公言しているとも取れる台詞が耳に入って来た。

確かナルト君の初戦相手は日向一族の子だったと記憶している。

お店に顔を出す日向一族の方々が皆口を揃えて言う、日向一族始まって以来の天才。
類まれなるチャクラセンスとストイックなまでの修練量に、同じ一族の者でも舌を巻くほどだという話を耳にした。
一般観覧者に配られたチラシに目を通すと、そこには日向ネジの文字がナルト君の横に記載されていた。

「日向一族の天才と落ちこぼれの対決かー」
「見ものだな」

横から聞こえてくるのは耳障りな嘲笑。
気付いてみれば、あちこちから上がっているのはナルト君の試合を捨て試合だと嘲る言葉の数々だった。


「それより早く次の対戦やらないかなー」

それに反して聞こえてくる”うちはサスケ”という名。

そうか。

ナルト君が出ているのなら、彼の弟が出ていても不思議ではない。
先日一楽でナルト君が自分のことのように話していたうちはサスケという少年。
カカシさんと同じ写輪眼を正式に継承する木ノ葉きっての名門一族。
この中忍試験を観戦しに来ている大多数の人間の目的は、この後に組まれているうちはの少年と我愛羅という砂の忍の対戦なのだろう。
極端な話、この場にいる大衆にとってナルト君たちは前座扱いということになる。

確かにうちは一族の少年ならば否応にも好対戦を期待してしまう。
私とてそうだ。
あのうちは一優秀だと言われていたイタチさんの弟なのだから。

しかし、それでも私にとってのメインディッシュはナルト君の試合である。
彼にはそれだけ大きな期待を寄せてしまうのだ。

何故そこまで彼に期待出来るのか。

自問の末に辿り着いたのは、なんてことはない。
彼のどこまでも澄んだ真っ直ぐな瞳が私の心を射抜いていたという事実と、自来也様に期待されている存在であるという他ないのだ。


頑張って。

見つめる先にいるナルト君に贈ることの出来た言葉は、あっという間に歓声の波に揉まれて消えた。





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