Obliviator-忘却術士- | ナノ


04


「………久しぶりね」
「……あぁ」

ぎこちなく会話らしきものを始めてみるが、返ってくる言葉は一言にも満たないためその内容は空虚的なものだった。
突然急用を思い出したかのように部屋を出て行ったダンブルドアの朗らかな笑顔が、今は悩ましいことこの上ない。
取り残された私達にどうしろというのだろうか。
隣で相変わらずの仏頂面を決め込んでいるこの男はダンブルドアに用があると呼ばれ、かく言う私もお茶に付き合っていたのだ。
用を命じる張本人が居なくなってしまえば話にならないのは道理。
二人して歴代校長の肖像画や、長話の好きな組分け帽子のいる校長室に取り残されてしまい居心地が悪いのだ。

更に11年もの月日を隔てて旧友と前触れなく突然再会させられれば、気まずくなるのは当前である。
業務的に手紙のやり取りをしたことは幾度かあるが、実際会うとなるとやはり勝手は違うのだ。
あの日以降初めて手紙を送った時にはその内容すら業務的に組み上げられたパズルのようで、我ながら苦笑混じりに呆れ返ったのを覚えている。

「……校長に謀られたようだな」

ぽつりと聞こえた呟きに、頭一つ高い男を見上げる。

「そうみたいね……」

同じことを考えていたのだろう。するりと言葉が出てきたと思ったら、ふっと心が軽くなり小さな笑いが込み上げて来た。

何を身構えていたのだろうかと。

過去は過去であり、今は今なのだ。

気まずさを感じるのはお互い様なのだから、過去を過去として受け入れ変わってしまうことを良しとし、早々に今の自身で振る舞ってしまった方が楽なのは分かりきっている。

「何だ……」

急に笑いだした私を、この大きなコウモリのような男は眉間に皺を二三本増やし見下げてくる。

「ごめんなさい。あなたが相変わらずだったから、つい」

口元に手を当て、笑いを殺そうとしてみるがなかなか上手くいかない。

「Ms.涼城も相変わらずのようですな…?」

これでもかという皮肉を込めた視線が寄こされ、ホグワーツで教鞭を取っている教師らしい風格で問い掛けられる。
勿論、これは嫌味に近いのだろう。

「あら、11年も会っていないのに私のことが分かるの?」

悪戯っ子のように肩を竦めて見せると、コウモリは一瞬動きを止めたが当たり前のように言い放った。

「今でも珈琲しか飲まないのであろう?」

部屋に残るちぐはぐなワルツを踊った香りに再び意識が向く。
ふぅと肺に空気を流し込めばその味を思い出すことができ、また口角が緩やかに上がった。

「えぇ」
「なら、問題無い」
「……」

確信を持った呟きは私から言葉を取り上げ、ただこの上から下まで漆黒で固めたコウモリのような男を見上げるしかなかった。
何故こんなにも芯の太いことが言えるのだろうかと、不思議に思えてしまう。
11年なんてそうそう受け入れられる時間ではない。
しかし彼は何事もなかったかのように私を見下げ、その口角に微かに笑みを覗かせたのだ。
いつかの昔に見た記憶のある、彼らしい不器用な笑み。

彼も私と同じように変わった。

変わらざるを得なかった。

だから彼も変わることを受け入れ、自身の中で葛藤しながらどうにか折り合いをつけて生きてきたのだろう。
全てが変わってしまったわけではないが、全てが過去のままというわけでもないのだ。
変わってしまうところ。変わらずにあるところ。

生きるとは、その相互を胸の内で葛藤させながら、どうにかこうにか取捨選択することではないのだろうか。

彼も、私も、そうしてきたのだから。

だから、何となく今だけは……

再会記念と託けて、久しぶりに見る不器用な笑みを肴に飲みたくなったのだ。
正確には飲み直しである。勿論、珈琲で。

「ねぇ、これから……時間ある?」

下手なナンパをしているようだ。
見上げた男の眉がぴくりと動く。

「校長が居なくなっては我輩もやることがありませんからな」

ようは、暇ってことなのだろうか。
相変わらず、分かり難い。

「じゃあ、付き合ってくれないかしら?」
「我輩は紅茶しか飲まないが?」
「いいわよ。さっきまで、ちぐはぐだったんだから……」
「……」

きっと、彼は私が何を言っているのか分からないだろう。
くすりと微笑み、微かに引きずるローブを翻し扉へ向かう。

知るのは、そう。

無駄な思い出話と、堅苦しい業務連絡的会話との間でワルツを踊る香りに気付いた、その時だろう。





「……」
「どうした?」

扉を出て直ぐに立ち止まる私に、後ろで不意に動きを止められたセブルスが怪訝そうな声を漏らす。

「何処で飲み直すか考えてなかったわ」
「――――――我輩の部屋でよかろう」

「賛成」





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