Obliviator-忘却術士- | ナノ


01-02


「え?あれはアーサーの車だったの?」


虚をつかれたような女の声が、魔法省魔法惨事部に響き渡った。

「いやぁ……私が知らない間に息子が飛ばしたらしいんだ」

こっ酷く絞られた後のアーサーは頬を痩けさせて女の前に現れた。
この部署でも絞られるのかと思うといたたまれない。

「息子って……確かホグワーツの生徒よね?事件のあった時間って、もう汽車に乗っている時間じゃない?」
「そのはずなんだが……。私にも状況が把握しきれてなくてね」

取り敢えず頭を下げまくっているのさ。なんて陽気な声色で答えられてしまえば、返す言葉も無い。
今は彼がこれ以上やつれないことを切に願うばかりだ。

「モーリーはカンカンでしょうね」

苦笑しながら事後処理の書類を眺めると、アーサーは肩を竦めて「息子にね。」と同じように苦笑いを返した。



奥から神経質そうな女性の声が彼を呼ぶ。



「もう終わりかい?」

声に導かれ扉へ向かうアーサーは、振り返り女に問い掛けた。

「お陰様で」
「なら今日家に来ないかい?モーリーの手料理をご馳走するよ。息子達も君に会いたがってる」

花が咲いたように笑顔を見せる彼は、少年のような瞳をして提案を持ち掛けた。
これから絞られる人間の表情から逸していたのか、女はくすりと笑い、続いて申し訳なさそうに切り出した。

「ごめんなさい。これからホグワーツに行くのよ」

書類を綺麗に折り畳み、魔法省公認の封筒へ入れる。真っ赤な封蝋を手にした女は、ポケットからライターを取り出した。

「マグルの世界にも便利な物ってあるのね。これ、私のお気に入りよ?」

そう言って女はシルバーメタリックの細いライターを翳した。
そしてお気に入りを使い封蝋を溶かし、素早く印璽を当てる。
しっかりと封をした手紙をひらりと持ち、女は塗装の剥げた木製の椅子から腰を上げた。
マグルの物を褒めてみたのは、単に彼への慰めの気持ちから口に出た言葉かもしれない。もしくは、誘いを受け入れられない申し訳なさからか……

とにかく、翳したライターを見たアーサーの誇らしげな顔の前では、女の細やかな気遣いなど何の意味も持っていなかった。

「それなら今度時間のある時においで。私のマグルコレクションを見せてあげよう!」
「……えぇ。楽しみにしてるわ」

完全に捉える方向性を間違えられた言葉と行動は、女に軽はずみなことをしてはいけないと自覚させる結果で終わった。
再び復活した少年の瞳に気圧されながら、女は端正な口元を引き攣らせ社交辞令を並べる。

しかし彼にそれが伝わっていることは皆無に等しいと考えると、女はアーサーに先を促し、自分はやるべきことを成すべく魔法省魔法惨事部を後にした。





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