Obliviator-忘却術士- | ナノ


15-01


「決着、付いたみたいだね」
「そうね」

時々、この友人が私以上に周りをよく見ているのかもしれないと感じることがある。
敏感に空気に反応し、その原因をさっと人から聞き出す能力は並外れて高い。
そんな友であるメープルの今日のおやつは、ラズベリータルトにアッサムティーというらしいチョイスだった。
いつものように珈琲に日刊予言者新聞というセットでいる私の前を陣取る。

いつもの“らしい”光景が出来上がった。

「ダンブルドア先生も戻ったし」
「そうね」
「これで“ホグワーツ純血大量生産計画”も潰れたから万々歳!」

「……ホグワーツ…純血大量……何?」

ラズベリーの甘酸っぱい香りが珈琲に酸味を加え、宝石のようなフルーツをフォークに刺しながら幸せそうに頬張るメープルを目の前に、私は虚を突かれ目を丸くした。
構わずメープルは宝石を平らげていく。
フォークに刺した宝石を揺らしながら楽しそうに話す姿は、本当にらしい光景である。

「ホグワーツ純血大量生産計画よ!」
「……」
「あーこれ本当に美味しいわぁー」

頬を蕩けさせるメープルは最後のひと切れを口に頬張った。
そんな幸せそうな光景も、今はそれどころではない。

カチャ カチャ

メープルの前に置かれたカップとソーサーが小刻みに当たり中の黒い液体が揺れる。

「……?」
「…っ……」

察したメープルが、そっと視線を宝石が無くなったお皿からこちらへ移す。


「…っ……!あーもう駄目!はははっあーしんどい!」
「…!」

腹筋を真っ黒なローブの上から押え、肩を上下させる。
二人の座る席を通りすがる魔法省内の人間が二度見をして行くところを見ると、私がこうして盛大にお腹を抱えて笑う姿が珍しいのだろう。
確かに、純粋に面白いと笑う機会が無かったからか、こうして笑うのは久しぶりだ。

「あー可笑しい」

まだ尾を引いているのか、珈琲カップを持つ手が微かに震える。

「何がそんなに可笑しいのよ!」

勢い込んだメープルがズイッとこちら側へ身を乗り出してきた。

「…まさか、そんなネーミングが付いてるとは思わなかっただけよ」
「……それだけ?!」
「…えぇ、それだけ」
「……」

「……。…っ」
「ーーーっ!もう知らない!」

ふいっと顔を逸らし、頬を膨らませ怒っている態を示したメープル。
慌てて弁解に走る。
今日は少しやりすぎたかもしれない。
何か一つの山を超えた気がしたという何とも曖昧な平穏に、その口が何時もより軽くなったことは確かだった。
私達のやることは、これから先も変わることは無いはずなのに。

一つ、反省しよう。

「メープル」
「……ふんっ」
「……」
「……」

ふぅと根負けしたように溜息をつき、ちらっと記憶の端にあった甘ったるい物を思い出し、最後の手段とばかりに目の前でヘソを曲げている友人に投下した。
これで彼女が釣れなければ明日は空から槍が降ってくるだろう。
防御呪文を身体に纏っていなくてはいけないことになる。

「…“マグルが愛したキャラメルプリンアラモード”」
「……!!!」

それは以前メープルが食堂で見つけた特上メニューの一つだ。“マグルが愛した”と名前がついているのは調理師達のセンスらしい。

「……」
「……」

曲がったヘソは、そう簡単には元に戻らなさそうである。

「……分かった。紅茶もつけるわ」
「乗った!」
「……」

なんて現金な子だろうか。
そして、私が何よりもメープルに甘いという事実も突き付けられ、妙な脱力感だけが襲ってきた。
目の前の友人は既に目をランランと輝かせている。

まぁ、いいか。

机に頬杖を付いて、メープルが一人空想の御花畑で遊んでいるのをその目を優しく細めて見つめた。


その時、沙羅の胸元で銀色の鎖が微かに光る。

「ねぇ、そのネックレス…」
「あぁ、これね」

ふと視線を胸元に下ろし、服で隠れていた部分を取り出す。
揺れるチェーンに、お気に入りの細工が施された指輪がゆらゆらと身を任せていた。
そっと手を添える。

「見つかったのよ」
「何処にあったの?」
「セブルスの家……だと思うんだけど」

考え込みながらゆっくりと左の手で指輪を弄ぶ。

「ふーん。スネイプが見つけたんだ。……で?」
「で?って何よ」
「そのチェーンは?前そんなの付けてなかったし、指輪との色合い的に最近付けたものでしょ」

驚くほど察しが良い。
観察力もさることながら、多分このチェーンがどういった経緯で指輪に通されているのかも大方理解しているのだろう。

「手紙と一緒にセブルスが送ってきたのよ。その時には、もうこうなってたわ」
「ふーん」

どこか核心を付くメープルは、先程の御花畑から現実に戻り大人の顔を見せ、一人勘繰ったような笑みを覗かせた。
大人だから、それぐらいの察しは付く。

「何勘違いしてるのよ」

右手で持ったカップを口元へ持っていく。
中身が無くなっていることに今更気付いた私を見て、友はその笑みを更に濃くする。
小さな子供のようだ。
それでいて考えは大人という、厄介な友である。
これは完全に先程の腹いせにやられているような気がした。

「……」
「……セブルスも大変ねぇ」
「メープル。口は災の元よ」
「災いになるようなこと言ってないもーん」
「全く。子供だか大人だか分かんないわね」
「ちゃんとした大人だもん」
「はいはい。早くしないとプリンなんとか無くなるわよ。あれ、人気なんでしょ」

カウンターを流し見ると、メープルは思い出したと言わんばかりに机を盛大に叩いて立ち上がった。

「忘れてたー!沙羅、早く行こう!」
「ほら、お金渡すから買ってらっしゃい。あたし、これからダンブルドアに報告書届けないといけないのよ」

ポケットから数枚のコインをメープルに渡す。
これでは子持ちの母親のようだ、なんて思ってしまった私は盛大に肩を落とす。
そんなこととは露知らず、メープルは上機嫌に頬を上気させていた。

「じゃぁ、行くわね。食べたら仕事に戻るのよ」
「はーい。行ってらっしゃーい」

語尾が間延びしている辺り、こちらの話など最早彼女の耳には届いていないのだろう。
なんせ極上のデザートがタダで食べられるというビックチャンスが目の前に横たわっているのだから。
その当たりは学生時代から変わっていない。
変わらないことが嬉しいと思っているのだから、タチが悪い。


そんな子供だか大人だか分からない友とのティータイムを終え、約束である報告書を届けに魔法省からホグワーツへ歩を進めた。





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