Obliviator-忘却術士- | ナノ


15-02


「それで、彼の後釜は見つかっているのですか?」

報告書を届けに行くと、ダンブルドアは変わらず和やかに迎え入れてくれた。
やはり、この笑顔には癒される。
ただ、時々思い立ったように行う行為のうち40%程度的外れ的なことがあるのが玉に瑕だ。
かといって、彼の不思議さは変わらない。

「そうじゃのぉ……沙羅、やってみるかの?」

冗談っぽく笑ってはいるが、彼の目はこちらを探っているようだった。
これは、本気なのだろうか。
いや、本気と言い出しても不思議ではない。
40%が奇行なのだから。

「ご冗談を」
「セブルスもおる」
「適材適所ですよ、先生。セブルスは何だかんだ言って、教授が似合っていましたから。私には……」

言葉を止めた私を、ダンブルドアは黙って待っていた。
何を言っても、その最後の答えを知っていると言わんばかりに。


「記憶の修正ぐらいしか、教えられません」

何となく口が乾き、同様の笑みが漏れる。
当たり前の事を言っているはずなのに、微かに動揺した自分がいた。
忘却術のプロである以上、誇りはある。
それでも残る忘却術に対する懸念。
だが、今はその何を口にしても考えはまとまらないだろう。
私は私の仕事をする。
忘却術士として、完璧に仕事をこなす事が存在意義になっているような気がした。

今回、ロックハートを見て改めて忘却術士が忘却に掛かる意味、ポッターやロンが向けた視線の重さを理解した。

やはり忘却術は、この世界で手を出してはいけない魔法の一つではないだろうか。

そして、私にはその忘却術しか教えることは出来ない。


「先生。では、まだ仕事が残っていますので、魔法省に戻ります」
「また、老いぼれの茶にでも付きおうてくれると嬉しいの」
「えぇ、是非」

この時、ダンブルドアが何一つ訊いてこなかったのは、私の中で燻ぶっているこの気持ちに気が付いていたからなのだろう。
説明のしようがない、忘却術に対する、この思いに。
でも、今はそれでよかった。
何を考えてもまとまらないのなら、いっそ考える事を止めてしまった方がいい。
忘却術云々と考えるより、仕事だからと片付けてしまった方が余程気が楽だ。
うだうだと考えるのはらしくないと思いつつ、先程の会話が頭を行っては来たりする。

忘却術士としてのプライド。

その裏にある懸念。

欲しいのは、忘却術が心にストンと嵌る言葉。


こんな時、あの子供のような大人の友人はどんな答えを出すのだろうか。



そして、大きく真っ黒なコウモリは、こんな私を見てどう思うのだろうか。



「考えるだけ……無駄か」

呟いた言葉が、閑散とした廊下に浸透して行く。
気持ちの良い風が、深緑をさわさわと揺らしながらこの背を宥める様に吹き抜けて行った。




あぁ、もうすぐ夏が来る。


――――――――――― 秘密の部屋end.


▼あとがき
お読みいただきありがとうございます。
今作の主人公は忘却術士です。harry potterを映画で見た時、忘却術の恐ろしさに戦慄したことを覚えています。
忘れることは、もしかしたら死よりも恐ろしいことではないのか。
そう思っています。