Obliviator-忘却術士- | ナノ


14-02


ホグワーツへ着くと、直ぐに医務室へ通された。
そこには馬鹿になったと報告が来たロックハートに、ダンブルドア。
呆れ顔のセブルスとマクゴナガル先生。
そして血塗れ泥まみれの少年、ハリー・ポッターとロンの姿があった。

これだけでは何があったのか皆目見当もつかないが、既に一回説明を終えたらしいポッターが私の為にカラカラの喉を動かして再度説明を行ってくれた。

自分にだけ聞こえる姿なき声のこと、どうして石化した生徒が現れたのか、そして「秘密の部屋」について。
自分達が生死をかけて手に入れてきた情報を理解して欲しいと、その瞳が語っていた。

スリザリンの生徒として噂には聞いていたが、まさか本当に「秘密の部屋」があったとは驚きである。
ホグワーツ創設者の一人であるサラザール・スリザリンは純血のみが入学を許されるべきだとグリフィンドールと対立し、学校を去る前に「秘密の部屋」を城内に作ったという漠然とした噂は、スリザリン生なら誰しも一度は耳にする噂の一つだろう。

噂が本当であった現実に、私は少なからず驚いていた。

「成る程、そういう事でしたか」
「それでじゃ、秘密の部屋へ入った時ロンの杖を使ってギルデロイが忘却術をかけようとして呪文が逆噴射したらしいのじゃ」

ダンブルドアが泥まみれのロンが持つ杖を流し見た。
ロンは促されるようにこちらへその杖を差し出してくる。
それはおよそ杖とは名ばかりの折れた木と化していた。

「これは……」

杖を手にして一回し観察する。
逆噴射するのは一目瞭然だった。
ポッキリと半分に折れ、杖の役割を果たしていないのだから。

「この杖で忘却術を?」
「うん」

ロンが力なく答える。
入って来た時から部屋の隅で曖昧な微笑みを浮かべて立っているロックハートへ近付き、彼の瞳をじっと観察しながら問いかけた。

「貴方のお名前を教えていただけますか?」
「私?私はギルデロイ・ロックハートですよ。勿論」

ふわふわとしたほろ酔い気味の返答が返って来た。
とりあえず名前は覚えているようだ。

「では、あなたのご職業は何ですか?」
「ご職業ですか〜?さぁ?先程その子が私を先生と呼んでいましたよ」

ロックハートはポッターを指差しながらこれまたふわふわと答えた。
自分の職業は把握出来ていない……と。
質問していくと、ある記憶から記憶までがぷっつり切れているようだった。
まるで電気の配線が切れたように。

忘却術士としての判断は、確かに彼は忘却術に掛かっているという結果だった。

「確かに、記憶の途切れ具合や様子からして、忘却術に掛っているとみて間違いないと思います」
「すまぬが、彼を頼む」

私の診断を聞いたダンブルドアが、ロックハートを魔法省に受け渡すためにこちらを見つめる。
一つ頷き、ダンブルドアの前に一枚の書類を出した。
身元引き受け依頼のための書類である。
彼はそこにすらすらと自身の長すぎる名前を書き記した。

「分かりました。ギルデロイ・ロックハートの身柄は魔法省が引き取らせていただきます」

依頼書を確認し、自身の名前を記した受取書をダンブルドアへ手渡した。
これでロックハートは魔法省が預かる事になる。
しかし忘却術が掛けられているため、野放しにするわけにもいかないので、暫くの間は聖マンゴ病院へ入院することになるだろう。
その手続きをするのも私達の仕事だ。

「それでは、ギルデロイ・ロックハートを連れて行きます」

未だ心此処に在らずといったロックハートの背を押し、医務室を後にする。
途中、ロンとポッターがこちらを憐れな者でも見るかのように見つめていたので、ふと近付き二人の頭にそっと手を置いてみた。


「忘却術はね、きっと、この世にある魔法の中で恐ろしい魔法の一つよ。彼の様になりたくなければ、気を付けなさい」

「あなたは……」

ポッターが私を見上げ、不思議そうに呟く。


「私は沙羅涼城。魔法省に努める忘却術士よ」

「忘却術士……」

忘却術士を知らないのか、珍しいのか。
彼は言葉を復唱してみせた。
ちらりと稲妻の傷跡が覗く。
伝説の少年の証。愛された証。
昔の知り合いに似た面影を残す少年の瞳は、

愛された女性の瞳。


胸に小さな痛みが走った。

これは、過去の傷。

「私のことは、ロンに訊くといいわ」

ぽんぽんと二人の頭を撫で、ロンに後を頼むとウインク一つを残す。
正気でないロックハートが私を何故かご機嫌に迎え入れた。
記憶が飛ぼうが何をしようが、

苦手だった。


「我輩も行きますぞ、校長」
「あぁ、頼む」

ロックハートの歓迎を避ける様に先へ促すと、先程から一言も口を挟まなかった男の声が後ろから聞こえてきた。
すっと空気が動く気配を感じて振り返ると、その声の主が威圧的オーラを纏って隣に現れた。

「どうしたの?」
「Ms.涼城を送るようにと、校長からの命令だ」

見上げる様に尋ねると、然も当然とばかりに答えが返ってきた。
鋭い瞳はロックハートを射殺さんばかりである。

「あら、御親切にどうも」
「……」

深夜の城内を、曖昧な微笑みを浮かべているロックハートと、そんな彼を射殺さんばかりの視線で見つめ静かに殺気立つセブルスと並んで歩く状況は、妙にシュールさが漂っていた。
何度となく繰り出されるロックハートの歓迎を空気のように躱し、そのたびに横から盛大な鼻笑いが聞こえてくるものだから、苦笑するしかない。


荘厳なる門の外では、真っ白な月が雲一つ無い暗夜の空に静かに輝いていた。





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