13
戻って来た相棒が持ってきたのは、無くしたと思っていた、お気に入りの指輪だった。
「お帰りなさい」
「……ほぅ」
タイミング良く開けられた窓から、滑り込んで来るように入って来たムーン。
「そろそろ帰って来る頃だと思ったけど、当たったわね」
微笑みながらムーンを左腕に乗せると、何故か出掛ける前より幾分中身の詰まったような重さを感じた。
「……」
「……」
「ムーン?」
「……」
「食べたわね」
「……」
「……はぁ」
「……ほぅ」
左腕に乗った相棒は素知らぬ顔を決め込むが、この重さが何よりの証拠だった。
相棒はご機嫌に鳴く。
セブルスに手紙で忠告はしてみたものの、手遅れだったようだ。
多分渡した直後に無言の圧力で御褒美をゲットしたのだろう。
我が家でダイエットと称して御褒美を少なくした事が逆に仇となってしまった。
肩を落としていると、ご機嫌なムーンは口に銜えた鈍い色を放つ物体をこちらへ寄こした。
「……これは」
動きを忘れて見入っている私を見兼ねたのか、相棒がその肩をツンツンと小突く。
大方、“早くこのメモも受け取れ”ということなのだろう。
「……!ありがとう」
若干押し付けられるような形でメモを受け取った私は、役目を終えても尚腕にいる相棒にその視線を向けた。
「……」
「……」
「……駄目。私はセブルス程甘くないわよ」
結局、大好物にありつけなかったムーンは「駄目」と口の前に出された人差し指を恨めしそうにパクッとその口に入れ、噛んだ。
「…っ!」
そして酷く顔を歪めたこちらを余所に、何食わぬ顔で自分の定位置である止まり木に戻って行く。
なんて我儘な相棒だろう。
だが、今はそれどころではない。
受け取ったメモを開くと、これまた攻撃的で角ばった字が目に飛び込んできた。
あの人らしい。
と思った事は忘れることにする。
そこには一言だけ、こう記されてあった。
“無くすなら首に下げておけ”
手の中で既に人の体温を移した指輪のことを言っているのは確かだった。
無くした時には付いていなかったチェーンが鈍い色の指輪と重なり真新しさを主張していた。
「……」
聞いていたのか。
私が指輪を無くしている事。
そして、こんな傷だらけの欠けた指輪が気に入っている事。
以前セブルスの部屋で何度目かのお茶をした後に無くしている事には気付いていた。
セブルスがいくつか指輪が嵌められた私の手を見て、それは何だ?と訊いてきた際の話だ。
母の形見や信じてもいない呪いの指輪、後は洒落ているから付けていると話した時、このお気に入りを部屋に落として行ってしまったようである。
気付きはしたが、無くなるのもまた運命……
ぐらいに思っていた私は、探す事をしなかった。
ほんの少し残念には思っていたが。
勿論セブルスには、気に入っていたが何処かへ消えた。
ということしか話していない。
そんな以前話した何でもない一言を覚えていたというのだろうか。
しかし、この手にあるお気に入りの指輪が全てを物語っているような気がした。
「相変わらず、几帳面ね」
綻んだ顔を見ているのは、狡賢い私の相棒。
なら、今はこのまま。
もう少し、温かな優しさを感じていても許されるだろう。
開いた手の中。
やたら細かく細工の施された、傷付き欠けた小さな指輪。
そこに付いた、真新しい彼の気遣い。
「おかえりなさい」