Obliviator-忘却術士- | ナノ


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「―――――石?」

何時も通りの日常に身を投じていると、時々妙な言葉に出会う。
1992年も終わりを迎えようとしていたある日のこと、書類の整理を行っていた私のデスクの横で、同じような作業を朝から永遠と行っていた同僚が話し始めた。

「そ。ホグワーツで石になる生徒が出たらしいわよ」

石……。

正直最初は何の事を言っているのか謎だったが、詳細に耳を傾けて行くと小さな寒気が襲うような話だった。
突如として固まった生徒が出たという話である。
原因は探っているが不明とのこと。
死んでいるわけではないようだが、石化して校内で固まっていたという発見者の話があったらしい。
この世界では石になろうが砕けようが、無い話ではない。
だから余計に気味が悪いのだ。
ホグワーツというダンブルドアの目と鼻の先で行為に及んでいる人物がいるかもしれないという推測に。
しかしそんなことがあの城の中で起こっているのかということが真実味に欠けるような気がしたのも事実であるため、話の全てを鵜呑みにするのは止そうと考えた。

この目で見ない限り、何が真実かは図れない。

というのが私の信ずるところである。
しかしこの目で見ようにも仕事を抱えているためホグワーツに出向くことは出来ない。
生憎今月は仕事が立て込んでいた。
心配しようにも今は大人しくやるべきことをこなさなくてはいけないだろう。
ホグワーツにはダンブルドアがいる。

それに、生徒には不人気らしいが頼りになる男もいる。

そう考えるだけで、不意に飛んできた不吉な話題も何事もなかったかのように受け流すことが出来た。

「あそこには指折りの魔法使いがいることだし、大丈夫よ」
「何か知ってるの?」
「いいえ。ただ私達が考えても仕方の無い事でしょう?」
「確かに」
「今はこの仕事を、なんとか片付けないとね」
「賛成」

デスクに積まれた書類を眺めながら無糖の珈琲で眠気を吹き飛ばし、再び慣れた作業を繰り返す事にした。

「……」

ただ一つ、頭の隅で引っ掛かっているものがある。

それは、他人に真意を悟られる事を良しとしない無言を貫く頼りになる男のことだ。

彼の無言が何の為の無言であるのか、知る術も無い私にとってそれは少しの恐怖になる。
現在ホグワーツで起こっている出来事の情報も、聞かない限り答えてはくれないだろう。
聞いても答えてくれない部分もあるのかもしれない。
それが他人を思いやってのことだと、私は知っている。
昔からそうなのだ。
誰よりも不器用な人だから。

だからこそ、彼が何をしているのか分からない瞬間が目につくのだ。
私が干渉して良いことではないことは分かっている。
昔から彼との距離は必ず干渉し合わないことが前提にあった。
そしてそれを快く受け入れた。
その距離がとても過ごし易かったからだ。

今回も同じである。
ホグワーツで何が起こっているのかを聞けば彼は出来る範囲で教えてくれるだろう。

ただ自分の事は語らないはずだ。

それでもいい。
少しでも情報が欲しいのは、一人の魔女としてこの魔法界で起こっている出来事の情報が欲しいからだ。
万が一の場合は不死鳥の騎士団へ情報を送る事にもなるだろう。
もっとも、ダンブルドアや頼れる男が既に網を張って解決へ向けて動き出していれば話は別である。


今は、この小さな事件が何事もなく片付く事を、切に願うばかりだ。





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