Obliviator-忘却術士- | ナノ


07


12月17日。

その日、ひょんな事でホグワーツを再び訪れることになった私の前に広がった光景は、奇妙であり不思議であり、大げさに言うのであれば運命のようなものだった。

ギルデロイ・ロックハートの資料を報告書としてダンブルドアに提出してからというものの、何かと彼から連絡が来るようになった。
内容は日々の出来事を綴った世間話のようなものから、ロックハートのように調べ物をして欲しいという頼み事など多種多様であった。

そんなある日、いつものように白い羽に斑模様のふくろうを迎え入れダンブルドアからの手紙を読んでいると、ホグワーツに魔法省大臣からの報告書を預かり持って来てもらいたいという節の内容が書かれていた。
書かれていることに問題は無い。
しかし、その日付が問題なのだ。

手紙を受け取ったのは10月28日、10月の終わりである。

だが届けて欲しい日は12月17日。

一ヶ月以上前の頼み事だったのだ。
何度か繰り返し手紙を読み返してみたが、12月17日その日に報告書を届けて欲しいという事しか書かれていなかった。
何か裏があるのではないかといぶかしんでみたが、ダンブルドアの考えなど分かるはずもないかと適当なところで諦め、ホグワーツへ報告書を届ける義務を全うすることにしたのだ。
魔法参事部という自由の利く部署にいてこれ程助かったことはないだろう。
個人的な事に手を付けていても、この部署は「仕事が出来る」が条件であるためとやかく言われる事はないのだ。


そして現在に至る。
大臣の元へ報告書を預かりに行くと、ダンブルドアから聞いていると言って快く手渡してくれた。
その報告書を手に、何ヶ月かぶりに再びグワーツを訪れたのである。
今日は前回と違って生徒達の声がそこらかしこから聞こえ、姿も窺い知ることが出来た。
その中を教師でも無い自分が歩いていたら生徒の目にはどう映るのだろうか。
きっと、昔の私だった不思議な目をして来訪者を見ていたことだろう。
どこの人間かと。
見られる側となってしまえば気にすることは何もなくなってしまい、寧ろ仕事絡みで来訪しているのだからと何とも思わないことに気付いた。
幼い頃は、随分と大人のことを不思議がったような気がする。

報告書を届けなくては。

「お約束通り、報告書を預かって参りました」

振り返るダンブルドアはやはり半月眼鏡の奥で優しく微笑んでいた。

「仕事があったじゃろうに、すまなかったの。ありがとう」
「いいえ。区切りが付いていましたから。今日は生徒達が賑やかですね」
「そうじゃな。面白いものをやるから皆浮足立っておるのじゃろ」
「面白いもの……ですか?」

ダンブルドアの面白いものが本当に面白いものであるかというのは経験上五分五分である。
今回はどちらかと尋ねてみると、“本当に”面白いものであるという確率が高くなった。
彼は白い髭をふさふさと揺らしながら笑い、こう口にしたのだ。

「決闘クラブじゃ」
「決闘クラブ……」

言葉を反復してみたが、どんなものであるかというのは謎であった。
とりあえず決闘と名が付いているのだから、闘うのであろう。
何で?というのは無粋な質問かもしれないが、多少なりとも興味があったのだ。
自身が卒業してからのホグワーツの行く末にあった授業がどんなものなのかということに。
その答えは直ぐに聞くことが出来た。
ただし、私の興味を著しく上下させ揺さぶるものであったことを、楽しそうに話す彼は知らないだろう。

「生徒達に自己防衛を強めてもらう為の特別授業での。儀式に則って魔法で競い合うのじゃ」
「それは、面白そうですね」
「観に行くかの?」
「え?」

予想外の言葉に相手の顔を凝視すると、彼はしてやったりという顔をして目じりの皺を更に濃くしていた。
ここで全てを悟ってしまった私は幸か不幸か。
ダンブルドアからの連絡が増え、世間話や報告書作成、ホグワーツまでのお遣いを頼んできたのは「決闘クラブ」なるものを見せるためだったのかもしれない。
もしそうでないとしても、私が見ることに何らかの意味を見出しているのか、単に面白がっているだけか。
真意は分からない。
ただ、彼の目じりに刻まれた皺が更に濃くなり、口角を吊り上げ面白そうに笑う姿だけは正真正銘の真実であった。

「しかし、わしはちと用事があっての。沙羅、お前さんだけでも観て行くといい」
「……」

よっこらせと立ち上がる御老体は御歳111歳である。
とてもそうには見えない。
原因は彼が持っている少年のような心と瞳であり、言葉の端々から覗く計算された言動は成熟した大人を思わせた。
そんな子供と大人の共存を許した存在が目の前にいるアルバス・ダンブルドアという人物であり、111歳という年齢を感じさせないのではないかと思う。
彼は瞳と同じ淡いブルーのローブを羽織って、頬を緩めながら用事とやらを済ませに行くようである。

「そうじゃ、忘れておった」
「?」

足取り軽く出て行こうとしたこの部屋の主は、何かを思い出したかのようにその足を止めた。
この行為が意図的なものであったことは彼以外知らない。

「決闘クラブの主催者はギルデロイじゃ」
「……」

途端に呆れ返ったような溜息を付くこちらの様子に気付いた彼が、何やら口角を一段階引き上げた。


「補佐にセブルスがついておる」
「セブルスが?」

信じられないというリアクションを取った私に、彼はさも愉快そうにウインク一つを残し、意気揚々と去って行く。
また歴代校長の肖像画や、無駄に話の長い組分け帽子のいるこの部屋に取り残されてしまった。

しかし、今回は隣にあの男がいない。



彼は現在、絶賛教師を全う中であるらしい。





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