Obliviator-忘却術士- | ナノ


06


時の流れは早いもので、仕組まれた再会をしたあの日からもう数週間の時を経ていた。

仕事はそこそこに順調であり、相変わらず月に2、3回の大掛かりなもの以外は実に効率的に捗っている。
周りにからは「機嫌が良いじゃないか」と言われることもあったが、それには全て「美味しい珈琲を頂きましたから」という一言で収めている。
あの男が少しでも要素として入っていることは秘密だ。

本日も順調に進む業務を黙々と片付け、終業時間前にはほぼ粗方片が付いていた。

そんな時だ、同僚の一人が私宛の手紙を持って魔法参事部を訪れて来た。

「沙羅、あなたに手紙よ」
「ありがとう」

長い赤毛を高い位置で結わいた彼女は手紙を届けると自身の持ち場へ戻って行く。
途中思い出したかのように振り返った彼女は、私の手元にある手紙の差出人をぽろりと口にして行った。

「そういえば、届けて来たのはMr.ダンブルドアのふくろうだったわよ」
「ダンブルドアの?」
「えぇ。じゃ、あたし戻るわね」
「お疲れ様」

長い赤毛が視界から消え、眼前にMs.涼城と達筆な文字が入った。
裏は真っ赤な封蝋で綴じられており、イニシャルのAが象られている。
卓上にあるペーパーナイフを片手にさっと封を切ると、中からはこれまた達筆な文字が綴られた羊皮紙が一枚出て来た。
内容は実に単純明快である。
つらつらとホグワーツの状況が述べられた後、ギルデロイ・ロックハートを調べて報告せよとの文章が読み取れた。
余程校内で問題でも起こす教師なのだろうか。
セブルスの様子ではそれも有り得そうで怖いところではあるが、ダンブルドアに身元調査をさせるほどとは重症である。

とにかく終業時間まで手の空いた私はギルデロイ・ロックハートを調べるべく書庫へと足を向けた。


埃っぽい書庫内は魔法界のありとあらゆる書物が納められており、目的の物を見つけ出すだけでも一苦労なのだ。
急ぎや探すのが面倒くさい人が杖を振って簡単に目的の物を手にするのは日常茶飯事である。
後は行くたびに勝手に移動する移動書物があるが、これにはアクシオを唱えるしかない。
今回は人物名鑑という、探すのに苦労しない資料なので地道に目で本棚を追っていくことにする。
もっとも大体の場所は把握していたので、目的の物を見つけ出すのにそう時間は掛らなかった。

分厚い人物名鑑はこの魔法界で生を受け成人になった魔法使いの誰もが登録される名鑑である。
未成年者の名鑑は魔法省でも厳重に扱われているため、一定の手続きを取らないと拝見することは出来ないのだ。
手にした重量のある人物名鑑を手に貸出手続きを済ませデスクに戻る。
この人物名鑑は利口な書物であり、本を手にした者の調べたい人物が分厚い本の先頭ページまでやってくるのだ。
御陰で塗装の禿げたデスクワーク用の自身の椅子に座って5秒といかずに目的の人物を見つけ出すことができた。
開けば、あの日ポスターで見た真っ白な歯をこれでもかと見せつけて笑うギルデロイ・ロックハートその人が同じように盛大な決め顔と共に映り込んでいる。
目が合ってしまった。

「……」

盛大にこちら側へ向けて笑顔を振り撒く男を、これまた盛大に視界から外し記載されている文へ目を向ける。

闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、勲三等マーリン勲章を授与などの輝かしい経歴が記されていた。
そしてセブルスが嫌味を込めて“お偉い作家”などと言っていたが、実際かなりの数の著書を執筆しているようであった。
ダイアゴン横町で見かけた『私はマジックだ』は彼の最新作のようである。
他にも『トロールとのとろい旅』や『狼男との大いなる山歩き』など珍味ならぬ珍書を出版しているようであったが、特に目を引いたのが『ギルデロイ・ロックハートのガイドブック−一般家庭の害虫』というなんとも彼の性格を丸裸にしていそうな内容を示す題が記された一冊である。
読みたいという興味があるわけではなく、ただ彼という人物を嘘偽りなく語っていそうな一冊であるという意味で目を引いたのだ。
ここでふと思い至ったのが、この本に世の魔女達は黄色い声を上げているのだろうかということ。
情報収集を中断し、再び意図的に視線を合わせてみる。

―――――苦手だった。

世の魔女達が虜になっている云々はこの際問題ではなかったのだ。
セブルスにも断言したように、眩しい男は趣味ではない。
昔からそこら辺の趣味は変わっていないようでなによりである。

気を取り直して情報を集めるべく文字を追っていくと、ダンブルドアが知っているだろう情報しか得られなかった。
当たり前である。
人物名鑑は魔法界でも一番ポピュラーな人物検索書物である故、彼がチェックしていないわけがない。
ではどうしてこの書物を手にしているのかというと、「情報は基礎から集めるべし。ただし夜更けにするなかれ。」という彼のホグワーツでの怪談話がいつも頭を過るからだ。

情報は基本からきちんと収集しなくてはならない。

しかし夜更けに得ようと漫ろ歩けば魂を抜かれるというなんとも信憑性の無い怪談話である。
聞いた当時は、であれば教員達は何故魂を抜かれないのだろうか。ということを可愛げもなく思ったのを覚えている。
ようは怪談話の非信者であったのだ。
ただし情報は基本からきちんと収集しなくてはいけないという点においては異論を持ち合わせていなかったので、現在に至るまで実行している。
なんとも屁理屈な生徒であったことだろうか。

結果得られたのは、ロックハートの意味の無い笑みと、自身の趣味が昔から変わっていないという安心感を得るための時間にダンブルドアの怪談話を思い出すという、無駄以外のなにものでもないものだった。

後、私の権限で手に出来るギルデロイの資料は粗方目を通し終わり、ダンブルドアへの報告書として羊皮紙2、3枚という形で報告書を作成したが、正直彼の役には立たないだろう。
何故なら好きな色はライラック色だとか、週刊魔女チャーミングスマイル賞を5回連続受賞など、あってもなくても良い情報が殆どを占めていたからだ。

とりあえずという形でフクロウに手紙を持たせてはみたが、不甲斐無さが心を駆ける。
こんな情報など、ダンブルドアが欲しているものではないのだろうから。
彼にお詫びの一筆を加えたのは、そんな気持ちから来る行為だった。

「頼むわね」

相棒のふくろうは待っていましたと言わんばかりに腕に飛び乗る。
手に持った手紙を渡し漆黒の翼を広げ飛び立つのを待つが、なかなか彼は飛び立ってくれなかった。

「……」
「……はぁ」

理由は簡単だった。
期待しているのだ。

世に言う“御褒美”とやらを。

「……帰って来たらあげるわよ」
「……ほぅ」

澄みきらない瞳を輝かせてこちらを向く相棒を、本当にただ単純に“御褒美”という名の餌で釣ってみる。
効果覿面であった。
調子良く一声鳴くと、ふわりと重力に逆らって小さな窓から飛び立って行く。

「調子が良いんだから」

飛び立って行った窓からは白い半月が覗く。

相棒の姿は、闇に紛れた。





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