水魚の交わり | ナノ


01-05



「すみません、もうお腹一杯です。食べれないです、許してください」

ギャングに絡まれた時の上手い対処法、それはズバリ低姿勢にある。
という根拠も理論も説明できない教訓を胸に、只今私は、やけに世話を焼いてくる黄色いギャングとの交戦に一石を投じていた。



時間とは早いもので、見事知恵熱を引き起こし籠城生活を送ること 4 日目、気づけばこの粉物の焼ける香ばしい香りに、別れを告げる日となっていた。

故に激闘を繰り広げたと思われる彼等の勇姿を一切合切見ることなく、引き篭もり生活に邁進していた私も、今日ばかりは太陽の直射日光に耐えねばならなかった。

どうせ一度宿に戻って着替えるのだから、待っていてもいいじゃないか。なんて不満は、間違っても口にしない。
日に日に苛立ちを募らせ見てくる大男を前にして、または嘘くさい笑みで心配してくる優男を前にして、
挙句には自分より幼い少年の困った様な顔を前にして、
誰がそんなこと言えようか。


意地は張りたいが、これ以上どうしようもない奴だと思われるのが癪にさわった。
せめてもの抵抗に、カーディガンやマスクを装備して外に出た私は、はたから見たら大層惨めであったことに気付いたのは、この黄色いギャングに目を付けられてからである。


「食わねぇと大きくなれねぇぞ。もっと食え」

「ほんとに、ほんとにもうお腹一杯なんです」

無意識に旅の仲間を避けていたためか、はたまた黄色いギャングのトップや、キョンシーを飼ってる少年が混ざってきたからかは知らないが、
気付けば私の周りには黄色いスカーフを巻いたおじさん、もといお兄さんしかいなかった。

親戚で一人はいるような世話焼きが、私の隣を陣取り、しつこいぐらいにメニュー表を見せてくる。
あなた達が来る前にもう食べたのだと言っても、信じてさえくれない。
なんてこった。






「紅葉ちゃーん。そろそろ行くよー」

ほとほと困り果てていたその時、既に席を立ち、入り口付近で立ち止まる彼等からお呼びがかかった。

どうやらこのお兄さんから逃す為の助け船と言うよりは、本当に帰る気らしい仲間たち。
彼等の動きに気付きもしなかった私が言うのもなんであるが、どうせならもうちょっと早く声をかけて欲しかった。

と、思わないこともない。


「すみません、連れが呼んでいるので帰ります」

一貫して低姿勢の私に、気分を害した様子もなく手を振ってくれるお兄さん。

ちゃんと食べろよ。

なんて主張は曲げてくれないらしいその人に、苦笑いで了承した。
どうせもう会うことはない人だけど、猫を被った様な行儀良さが消えることは無かった。

これぞ遠慮しい日本人、そのものである。







「紅葉ちゃん楽しそうだったから、ギリギリまで声かけなかったんだ。ごめんねぇ」

店を出て暫く。
宿に帰る途中に言われたその言葉に、ぎょっとした。

見開いた目で見つめるも、当人は何のその。お好み焼き美味しかったねぇ。なんて呑気に語っている。



やっぱり、馬が合わない。





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