水魚の交わり | ナノ


04-09



「どうして」

此処がわかったのか。

助けに来てくれたのか。

まともに震えない声帯を動かし呟いたそれは、幾重にも重なった疑問を全て吐き出した言葉のようであった。
助かるかもしれないという希望を脳が理解した途端、体は正直な程に生きようと足掻き出す。
音も消えいりそうな鼓動がゆっくり、ゆっくりとその脈を速め、
私は思い出したかのように肺に大量の空気を取り込んだ。

「黙ってろ」

言葉を紡ごうとカサカサと乾涸びた唇を動かせば、ぴしゃりとそれを遮られる。
無愛想なその声に、安堵のようなため息がそっと溢れた。
視界がじわじわと滲み出し、眦に熱が灯る。
ぼやけていく彼が、それでも不機嫌と分かるほどに眉根を寄せている。
普段なら竦んでしまうようなその強い眼光。
深く刻まれた眉間の皺。
比べるまでもない大きな体。
あまりにも変わらない。
私の中の日常に存在し始めた彼の姿と変わらないそれを視界が認めたことで、鼻腔に淡い痺れが走った。
どうしてだろうと理性は考えるけれど、そんなことはどうでもいいと、ただただ溢れるがままになりたいと欲望が訴える。
そうして、遂には耐えられないとばかりに泣き出す本能がいた。


「……ありがとう、ございます」

掠れる声で呟く感謝に、答える者はいない。
こんなに静かなこの場所で、聞こえないはずなどないけれど、もしかしたら余りにも情けない声が、彼の耳には届かなかったのかもしれない。
そうして感謝の言葉も、溢れ出る嗚咽も、くしゃくしゃに歪んだ顔も、何もかも、全てのものに、そっと背を向けてくれているのかもしれない。
頬を這いずり落ちていく雫が首へと伝い落ちていくころには、そんな勘違いを起こしそうになるほどの甘ったるい状況に、私の心は見事に流されていた。


涙が、とまらない。





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