水魚の交わり | ナノ


04-03



馬の歩調に合わせて体が揺れた。
普段より高い位置にいるからか、当たる風が鋭く肌に突き刺さる。

三頭の馬がギシギシと雪を踏み分け向かうは御伽の国。

金の髪の姫が不思議な羽を手に入れて何やかんやというエメロード姫の伝説を頼りに、私たち五人と一匹の一行は寒空の下、こうして馬を歩かせていた。
手綱を握っているのは物語と同じ男衆三人組。砂漠の姫は少年と同じ馬に同乗し、これまた道筋通り仲睦まじくお喋りに興じていた。
私はというと当然馬の扱いになど慣れている筈もなく、また、私がどの馬に乗るべきなのかさえ分からず終い。
言ったところでどう変わるかという訳でも無いだろうが、変わるかもしれないという気持ちを込めて「歩きます」というなんとも無茶な願いを申し出てはみた。
まぁ、当然のことながらその願いはにべもなく却下され彼の膝と膝の間、小さく空いたそのスペースに小ぢんまりとおさまっているわけであるが、
実を言えばこの私、物語の道筋が云々などはどうでも良く、単に何かと鋭い彼らの近くに寄ることで物語に巻き込まれることになったり、なんだりが嫌であったのだが、同じ馬に乗っている以上、それは土台無理な話であった。

ギシギシ、馬がゆったりと歩を進める。

その間にも寒さは加速するように身を叩いてきた。
長い間濡れた衣服に身を包み過ぎたのだろうか。
それとも寒過ぎる環境故か、はたまた滅多に行動しない私があんな無茶に動き回ったツケがきたのか。
外気を感じ取った体が盛大な身震いを起こした。
当然その動きは同乗者にも伝わるわけで、

「……ッチ」

こうして盛大な舌打ちを食らうことになる。

何故同乗者がこの御仁なのか、それは私には分かるまいが、この一行の主導権を握っているとも限らない魔術師が彼の馬に乗れと言ったのだから、私は彼の馬に乗らなければならない。
拒否権などはなからないのである。
頭上から降りかかってきた舌打ちに、体は寒さからくる身震いとは全く異なる震え、つまりは武者震いでも、悪寒でも、痙攣でもない、総毛立つ震慄を覚え戦慄したのである。
どうやら寒さに震える私が気に食わないらしい。
迷惑そうなその舌打ちを聞いて、ぐっと腕で体を抱き寄せた。
少しでも彼の視界から消えんとするなんとも矮小な心構えである。
しかし彼の目の前からいなくなることなど、馬から落馬する以外にはどうも道はなく、わざわざ怪我を承知で地面に飛び込んでやる程、周りに遠慮するタイプでもなかった。

さて、どうしたものか。

彼が見た目によらず世話焼きで仲間思いなのは知ってはいるが、それが今回の旅の一行、特に私なぞに適応されるかと言われればそうでもない。
現に優しい言葉1つかけてはくれないし、ましてはその屈強な体を暖に使うことも許されていない。
2人の背と腹の隙間を流れる妙に冷たい風が、それを証明していた。

「すみません」

遠慮しい日本人らしく取り敢えず頭を下げてみる。
別段震えることで彼の手綱捌きを邪魔するだとか、彼の視界を遮ることなどはしていない。
よって震えようが震えまいが私の勝手だと声を大にして言えたらいいのだけれど、ご覧の通りの体たらくぶりだ。

「黒りんだめだよー」

女の子には優しくしなきゃー。
彼の馬に追いやったお前が言う台詞ではないと、誰か教えてやって欲しい。
言うに事欠いてそれか。
それなのか。
さり気なく一瞥を投げてはみても、当の本人は気付かずにへにゃりと笑みを浮かべていた。
そしてその言葉と笑みを受けダメージを被ったのはどうやら私だけでは無いらしい。
上から降ってくる盛大な音にまたピクリと肩が揺れた、


その瞬間。


「……っ」

馬が大きく嘶いた。

前脚を跳ね上げられ、体がフワリと舞う。
その細い足の何処に私たちの体重を持ち上げる力があるのだろうか。
猛々しく持ち上げられた前脚は一瞬のうち空を駆け、再び地表へと降りて行く。
やってきたのはドサリと前方に向かって体が倒れていく感覚。
血の流れだけがその動きに取り残されたようだ。
平面を感じて暫く。
ようやくやってきたその流れに、軽い眩暈を起こしそうになった。

「大丈夫ですか?!」

後方から少年の声が聞こえる。
息も忘れてしまったその合間に先頭へ飛び出してしまったようだ。
心優しき少年のその問いに、同乗者が答える様子もなく馬を歩かせるので、私は致し方なく体を捻り振り返ってから手をひらひらと振った。
同乗者の逞しい腕が視界を阻み、少年に私の意図が伝わったのか甚だ怪しいが、まぁ良しとする。
役目は終えたとばかりにくるりと体制を戻してはたと気付く。
背中に感じたのは、冷たい冷気でも睨みを利かせた鋭い視線でもなく、仄かに暖かい何か。
その温もりが彼の力強い胸板からきたものと理解し、途端体はビクリと跳ねる。
血が忙しなく動き周り冷気以上の寒さが全身を襲った。
長袖を着ていてよかった。
鳥の肌のようになっていそうな腕をちらと一別し、その緊張しきった肩の力をそっと抜いた。
それから少しばかり身じろぐ。
けれどこの際丁度良いとばかりに同乗者の彼から離れることはしなかった。

ただ少し、

ちょっとばかり、

背後に感じる何かがこそばゆい。





next