水魚の交わり | ナノ


03-03



「それじゃぁ、小狼くん」

後よろしくね。


止める間もなく濃霧の中に飛び込んだ。

先程湖から上がってきたばかりの彼は、私の突然の動きに驚き、間の抜けたように口を開け目を見開き固まっている。

追ってくる様子はない。
それもそうだ。
姫を置いてまで追いかける相手ではないのだから。



あの後。
スラリとした彼が、唐突に、前触れも無く髪を短くした私を気遣ってか、はたまた怪しんでかは知らないが、
とかく彼のご好意ならぬご行為で身の丈に合うはずもない黒いマントを入手した私は、例の如く留守番を任された。

砂漠の姫と一緒に。


行動に起こすことの出来ない腑抜けと見られているのか、それともある程度は信用されているのか。
真偽のほどは定かでないが、事実私は横で眠る姫と共に終わりの分からない時を只管火の揺らめきを眺め待っていた。



しかしそれも先程までの話である。
只今現在逃亡中。

ではないが、私は彼が戻るのを待って霧の中を走り出した。
突然の行動で、きっとビックリしたに違いない。
別段脅かすつもりでこんな行動にでたわけではないが、私には私の、急ぐ理由というものがあった。



暫く湖沿いを走り、息が少しばかり上がった所で勢いを緩める。
胸がドクドクと高鳴る。
走ったが故か、それともこんならしくもない行動を起こしたが為か、それとも。

それとも、これから行う行動に対する自分自身に対する驚きと、未知の体験への高揚か。

とまぁ、胸の高鳴りに浸っている暇が無い今としては、無用の産物であるそれを必死に宥めようと気を落ち着ける。
急いては事を仕損ずる。
はやとちりのしくじりをするつもりは毛頭ないが、いかんせん時間が無いことだけは確かであった。
急がなければ、彼が先に見つけてしまう。


身震いを起こす体を叱咤して服を荒々しく脱ぎ捨てた。
見るも哀れな、痩せっぽちな体なぞ誰も見たく無いだろうが、これ幸い。
大変好機なことに、その衆人環視のような状態に陥る心配は無さそうである。
何せ旅の一行は散り散りに。
この世界の住人は湖の底にいるのだから。




冷たい冷気が素肌を撫でていく。
凍っていく体に喝を入れ、
震えの止まらない手先を奮いたたせ、
脱ぎ捨てた服のポケットに仕舞い込んであったモノを取り出した。



少女、潜る。





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