水魚の交わり | ナノ


03-04



「すみません、ご心配おかけしました」


乾ききらない髪は濡れぼそり、かつて服としての役割を果たしていた防寒機能はものの見事に失われていた。
ペタリと肌に張り付き、冷たい風を何倍もの寒さにして伝えてくる。
黒く大きなマントに包まれていなければ、とても耐えきれそうにない。

急いで走ってきた分、体は微かな温もりを保ってはいるが、
その温度がいつ風と共に去ってしまうのかという問いについては、
もう直ぐ、そのうち、といういつかは消えて無くなってしまうという残酷な返答を返す他ないのであった。


そう実に残酷で居心地が悪い。

私利私欲の為に湖に潜り、剰え旅の仲間という顔見知りに心配されることは、服が張り付いた肌をモゾモゾと動かすかのように居心地の悪いものである。

どうやら私の私に対する周囲の価値観とでも言うべきか、それとも彼らの人の良過ぎる性格を見誤ってしまったのか、その結果思いもよらぬ心配を同行者の彼らにかけてしまったことは紛れもない事実であるらしい。


かの責任感の塊のような少年は、私があの湖に突然現れた謎の光に巻き込まれたのではないかと、凍てつく水の中を探しにいってくれたとか、
大の男2人は周囲を探しまわってくれたとか、
耳の痛い話ばかりがそこばくと入ってくる。

まぁ、都合のいいことに光の原因が魚であると判明し、またこの突然の発光と私は無関係であろうと判断した結果、
こうしてノコノコと私が帰ってくるまで、彼らは焚き火の揺らめく火を眺めていたようだった。


本当に嬉しそうに良かったと笑う砂漠の姫君を目の前にして、実はその光を起こしたのは私ですなんて言葉、どの口が裂けたら言えるだろうか。

黒いマントの下、

張り付く服にあるポケットの、

その中に仕舞われた小袋を、

人知れずそっと撫でつけた。



その中にある物が、目の前の少年が同じく手にしている光る鱗だとは、
やはりどの口が裂けても言えそうにはない。


「まぁ、取り敢えず、無事で良かったね」

ニコリと笑う彼が濡れぼそった私の髪に手を添える。
この国に来てから2度目のそれに、意図的な悪意ある含みしか感じ取れない私は、どうやら相当、全くもって、捻くれた根性なり性格なりをしているらしい。


避けるように頭を下げ、侘びを入れた。

形だけの、身も心もない謝罪をいれる。
そこにあるのがただの自己防衛だと、きっと彼らなら気づくのだろう。
そして彼らは静かに目で問うてくるだけで、決して口には出さない。

そして臆病でびびりな私は、それをも気付かないフリをした。




「辛いことはね、いつも考えなくていいんだよ」

頭上から声が聞こえた。
私は頭を下げたまま。

その頭を赤子を慰めるように再び撫でる男からの声。



その言葉には聞き覚えがある。
頑張り屋の、私とはかけ離れた一途な少年に告げられた言葉と同じだと、脳が理解した。

ばっと顔を上げ、言葉を発した本人を見つめる。

きっと目が大きく見開き、とんでもない顔になっているに違いない。


しかし驚きを収める方法など、私は知らなかった。


その言葉を、何故私に言うの。

ドクドクと高鳴り始めた心臓が苦しくて、マントの下でぎゅっと服を握りしめた。
おそらくきっと、もう彼にはその言葉を告げた後なのだ。
そう理解していても尚、物語に巻き込まれてしまったと、既に取り込まれている身ながらひしと感じた。



力なく首を擡げ、だらしなく彼の言葉に頷いた。



どうやら本当に、

私は逃げられないみたいだ。





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