水魚の交わり | ナノ


02-05



男衆三人が出かけ、少女と姫が町人を奮い立たせるために奔走しだした頃。

私はようやっとその重い体を布団から引きずり出した。
ぬくぬくと包まれていた温度を失って、少し寒い。

だらし無く蹲り、項垂れる。
艶と光る黒い髪が、視界を覆った。




「私だって」


ぽつり。

誰も聞いていないこの部屋で、何を暴露する必要がある。
そう思うと同時に、声帯は勝手に震えだす。



髪を一房、持ち上げた。

そこから漏れ出る外の世界に、やはり此処は私のいるべき場所ではないと知る。




ぱさり。

不要な現実を締め出すように髪を下ろせば、隙間から微かな光が入り込む。
その光が希望でも明るい未来でもないことを知っている私は、一体どうすれば良いのだろうか。




「私だって、こんなはずじゃない」

呟くことに意味などない。
こんなに嫌な人間ではないはずなのだと、
そう呟いたとて、現実が変わるわけでもなし。
見事に拒絶と傲慢を貫いた惨めな自分が居るのみであった。



「でも、だって」


どうすれば。


こんな世界に来たくはなかったのだ。
こんな物語に巻き込まれたくなどなかったのだ。
こんなちっぽけな人間ではなかったのだ。



生への渇望と死への恐怖。

人としての浅ましい自分がボロボロと露呈していくことの惨めさ。

何故自分だけ。



何度そう思ったことだろう。
変えられない現実と向き合うことが、どうしてもできない。
こんなはずではなかったのだと、聞き分けの知らない子供のように駄々を捏ね続けた。
それで何が変わるわけでもないのに。


先程の魔女の言葉が、酷く胸に突き刺さる。



何時まで逃げるつもりかと。


そんなの、この夢のような馬鹿馬鹿しい現実が覚めるまでだと。
そう、答えようとした。


けれど、答えられなかった。

一人きりで包まる布団の温かさも、こうして誰もいない部屋でぽつりと過ごす虚しさも、全てが現実だと、何処かで理解していたから。

否、理解ならとうの昔にできていた。
ただ受け入れられなかっただけ。

受け入れるということは、これから先私に降りかかる不幸すら、
受け入れるという意味なのだから。



グッと握り拳をつくる。

死なないためにはどうすべきか。

何度となく考えたその問いに、答えはまだない。



死にたくないのなら、どうすべきか。


なんて、


なんてくだらない問いを、

私は繰り返すのだろう。





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