02-02
「こんな子供が暗行脚吏なわけないな」
春香なる少女が、がくりと肩を落とす姿を遠目に見やる。
土塊となっていた時に頭を打ったのか、先程からぼーっとする思考で過去の記憶を掘り起こし、紙面の物語をなぞっていった。
先ほど落下して駄目になったかと思われる頭に鞭を打ち、ぺらりぺらりと記憶を捲る。
ぼやぼやと曇る記憶の埃を払い落し、私の未来を描いた。
罷り間違っても私が戦闘メンバーとして領主の城に連れ込まれる心配はない。
つまりは酸性の雨に降られることもなく、酸の海に落ちて溶けることも無くなる。
物語をなぞり終え、当面の命の安全を確保した私は、そっと人知れず息を吐いた。
次いで直ぐにでもやってくるであろう出来事に備えてそっと柱に近寄った。
これさえ凌いでしまえば、もう、ここは大丈夫であろう。
そんな気持ちでぐっと柱に寄りながら、旅の仲間たちの会話を聞いていた。
「外に出ちゃだめだ!!」
それは突然にやってきた。
気持ちの良い天気からは想像もできないそれは、大きな音を立てて部屋に侵入する。
竜巻がきたのだ。
「……っ」
事前に捕まる場所を確保しておいて良かった。
呼吸も、目を開けることも不可能になりそうな程の強い突風が襲う。
虚無にいたかのような錯覚に襲われた。
激しく渦巻く風が痛い。
長く長く伸びた髪が鋭い凶器となって舞い上がった。
時間にして数秒。
何か大層な行動を起こせるようでいて、それでいて愚鈍な私では何もする事の出来ない、そんな長さ。
徐々に弱まる風に誘われ、大きく息を吸う。次いで呼吸に合わせてペタリと膝をついた。
狂喜乱舞、はしゃいでいた黒い髪は後片付けも忘れてしな垂れる。
正に脱力。
全身の血という血が、筋肉という筋肉が、過熱を起こし故障してしまったかのように、体の力が抜け落ちた。
「領主だ……あいつがやったんだ!」
幼い怒声が空を劈いた。
憎々しいとばかりに。
歪んだ顔にも種類はあるんだな。
失礼な事を考える余裕があったのは、あの醜い男の顔が余りにも汚くて、
それでいて先の顛末を知る優越感からくるものなのかもしれなかった。
「汚いな…」
無意識に溢れた言葉だった。
疑う余地もなくそう思ってしまったが故の、常識を述べるような、そんな口調。
「んー?」
「……なんでもないです」
くるりと此方を見つめる優男。
慌てて頭を振る。
別の方面からも鋭い視線が突き刺さり、ざわざわと血が皮下を這った。
犯した失態にぐうの音も出ない。
別段失態という失態でもないのだけれど。
捉えようによっては空気を読んだ小洒落た発言だったのだけれど。
何故か先の発言を訂正したくてしょうがなかった。
汚い領主の息子。
どこが汚い。
傲慢で怠慢で浅慮なところ。
後は顔。
エラが張って、鼻はデカくて、髪型は子供が描いた太陽みたい。
どこも訂正しなくていい発言に、後悔したのは何故だろう。
何故、後悔したのだろう。
未だに突き刺さる視線に、苦笑いを返す。
答えはきっと、案外近くにあるものかもしれないと考えて。