やさしい気遣い
後日。
あの対決を終えた二人はその後真ん丸の体をどうしたのだろうかと今になって心配になった私は、夜ごはんの買い出しを兼ねて薬屋へと足を向けた。
二人に何か良い薬があればと思ったのだ。
「いらっしゃい」
里で指折りの薬屋『元一』は人知れずひっそりと佇んでいる。
にも関わらず店内にはありとあらゆる種類の薬品が所狭しと並んでおり、中には薬師である店主オリジナルの妙薬も取り揃えられているため、何かあれば元一へ。という合言葉が広がり客足は遠のいたことがないという。
一休もいずれはそうなれるように精進しなくては。と一人思っていると、店主が「何かお探しですか」と尋ねてきた。
「あ、はい。実は……」
事の経緯を説明するのは凄腕忍者という名誉がある手前どこか気が引けたので、「胃もたれに効く薬を……」というなんとも間の抜けた注文をするはめになったのである。
しかし店主は快く店奥から何種類かの薬を持ってやってきた。
店主は一つ一つに丁寧な説明を加え、どうする?と尋ねてきたが、最終的にはオススメを手頃な値段で買い求めることで落ち着いた。
後はガイ先生に届ければいい。そう考えながら店を後にしようと店外へ足を踏み出した瞬間、目の前にいた人物に目を丸くしたのである。
「君は……」
そこには前日一休でガイ先生との勝負に見事勝利したはたけさんが本を片手にこちらを見つめていた。
私はその偶然にも驚いたが、それ以上に彼の姿に目を見開いたのである。
昨日一休で満月のように真ん丸くなった体はどうしたのだろうか。彼は一休に来た当初と同じようにすらりとした体つきで、どこかゆるっとした雰囲気を醸し出している。もしや双子かとも一瞬疑ったが、彼の反応を見るにそれは無いようだった。
「こんにちは」
私がガバッと頭を下げると、頭上から昨日ぶりに聞く声がふわりと降ってくる。
「こんにちは」
彼は昨日と同じ様に目尻を下げ緩やかに笑んでいた。
その姿は、やはり私に夜桜や月を連想させるのだった。真昼だというのに彼の周りだけ少しばかり温度が違う。そう思わさざるを得ない何かが。
ふと昔感じたことのある空気だと思った。
「怪我でもしたの?」
「え?」
そんな事を考えていたせいか、唐突な質問に素っ頓狂な声を上げる。彼はその反応に苦笑しながら私の背にある元一の看板を見上げた。
「あ。違うんです。昨日、あの後お二人がどうなったのかと心配になりまして……気休め程度ですが、胃薬を……」
既にいつもの体型を取り戻し昨日のことなど無かったかのようなはたけさんの姿に、言葉尻がどんどんと小さくなっていく。
胃薬を入れた紙袋を小さく差し出した手がとても頼りなげだ。
思えば忍は私たち一般人とは違うのだ。胃もたれなどでそうそう苦しむ筈がないではないか。
そう結論付けてしまった脳内は私の顔に申し訳なさからくる苦笑を貼り付けた。
「ありがとう」
「え」
しかし返ってきた返事は私の非凡な脳では理解が追いつかないものだった。
気付いた時には手にあったもう用無しだろう胃薬が消えていたのである。
視線を上げれば、それはしっかりとはたけさんの手に渡っていた。
「あの……」
「?」
「すいません。もう必要無いのに……」
受け取っていただいて。と続くはずの言葉は、彼にするりと遮られた。
「君が謝ることじゃなーいよ」
「……」
「俺たちのことを考えてしてくれたことでしょ?」
「……はい」
まるで先生に諭される生徒のような気持ちだ。彼の好意を汲み取るスキルは、何故だか少しは役に立てるのかもしれないと思わせてくれる。それほどにこちらの不安をあっさりと打ち消してくれたのだ。
「ありがとうございます」
そう言うと、彼は片手に持った紙袋をそっと掲げた。
「こちらこそ、ありがとう」
優しい風に乗って届く彼の声は、私の心をその風に乗せてふわりと浮上させてくれた。
彼にとっては何でもないことなのかもしれない。しかし相手の好意を真摯に受け止めてくれる姿は、心にとても心地良く響いた。
「じゃあ、私はこれで。ガイ先生にもよろしくお伝え下さい」
そう告げて足早に家路につくと、ふわふわとした心のまま夕食の準備にとりかかった。
食卓に並ぶいつもよりちょっと豪勢な品々に頬が緩むのは必然だ。
いつもよりちょっと。そのちょっとに心が弾む私は、案外お調子者かもしれない。
それでも、彼の「ありがとう」という言葉に心が浮き足立ったのは間違いない。
きっと、今日は良い夢が見られるだろう。