会いたくて | ナノ


はじまり


繰り返される毎日に少しの幸せを見つけることが出来たなら、それは何ものにも代え難い――


木ノ葉の里随一と名高い甘味屋、『一休』
気立ての良い祖母が営んでいたそこは、連日多くの人で賑わっていた。

私は毎日おやつの時間になると香ばしい香りに誘われて甘味屋に顔を出す。まん丸の真っ白なお団子にとろりとかかる黄金色のタレ。じゅわりと口内に広がる想像をゴクリと飲み込むことが毎日の楽しみであった。
勿論、味も一級品である。
想像と現実がシンクロした口内のなんと幸せなことか。
そんな日々を幾重にも重ねて過ごしてきたせいか、私は何時しか『一休』を継ぐのだろうと勝手に思っていた。

ある日忍である母が「あなたは私の娘よ。忍の才能があるわ。一緒に木ノ葉を守りましょう」と告げたことに対して、私はとても驚いた。
驚きすぎて御手洗に駆け込み、小一時間出てこないという珍事を起こした程である。
『一休』を継ぐこと以外に私の道など無いと思っていたからか、それ以外を提示されることの不安が漠然と頭を過ぎったのだ。

しかし、そんな不安をまるで大福を作るように軽やか且つ優しく包み込んでくれたのが、祖母の一言だった。



「沙羅ちゃんはお団子が好きかい?」

「うん!」

「それなら、好きなことを一生懸命やってごらん。きっと、良いことがあるから」



その言葉は、魔法そのものだった。

おかげで私は『一休』を継ぐ決心を固めることができたと言っても過言ではない。
母は肩を落とし残念そうにしたが、最後には「頑張りなさい。沙羅の作るお団子、楽しみにしてるわね」と向日葵のような笑顔で背中を押してくれたのだ。

こうして、私は祖母が病に倒れてからというものの『一休』の看板を細々と守っている。
祖母の代から贔屓にしてくれるお客様のおかげもあり、孫の私がお店を継いだとしても客足を落とすことはなかった。



そんな有難い日々の中。
後に心を遊動的な月のようにしてしまう人間との出会いをしていようとは、お団子の香ばしさに笑みを溢す私は知る由もなかったのである。



「よぉーしカカシ、今日は大食い対決だ!」



春の訪れを告げる桃色の花弁が舞う店先。
やけに威勢の良いかけ声が天を貫いたのは、丁度正午で溢れたお客の波が落ち着いた頃合いだろうか。



「いらっしゃいませ」



その声の主に苦笑しながら店先へ顔を出すと、予想通りの人間が仁王立ちで何かを息巻いている。



「お久しぶりです、ガイ先生」



久しく顔を見ていなかった彼は、この里で”木ノ葉の青き野獣”という異名を持つマイト・ガイ。
いつも濃緑のつなぎを着ているおかっぱ頭の上忍である。



「やぁ!沙羅さん」



彼は祖母の代から一休を贔屓にしてくれている所謂常連だ。
甘党という類の人間ではないが、祖母のお団子を絶品だと言って時々買いに来てくれる。二ヶ月ほど前には確か三人の教え子を連れてやって来た。一人は彼の子供かと思うような容姿や雰囲気が似通った青年だったと記憶している。
ここの所あまり姿を見かけなかったのでどうしたのだろうかと心配をしていたが、そのことを尋ねるとしばらく任務で他里に出向いていたのだという。忍の任務も楽ではない。



「任務お疲れ様です。でしたら少し休憩なさっていきませんか?ちょうどお客様の波も引きましたし」



そう提案すると、彼は「いや……」と口にし、自分の背を指指したのである。



「今日は沙羅さんにお願いがあって来たんだ」

「お願い……ですか?」



なんでも彼の永遠のライバルであるはたけさんとの聞き漏らした何戦目かの対決に、お団子の大食いをチョイスしたらしい。
どうしてお団子なのだろうと思わなくもないが、彼らは競争できるものは見つけ次第手を出しているようで、出てくる武勇伝の数々数々。
今回はたまたまガイ先生が一休へ来る所に、これまたたまたまはたけさんが出くわしたようで、大食い対決なるものに発展したようである。

そこまで話を聞いていた私は、今更ながらふと彼の指指す先に視線をやった。
ゆるっと立っている男性は私の視線に気付くと緩やかに笑み、会釈をして答えた。私はその姿に里一桜が綺麗に見えるだろう高台からの夜桜を想像したのである。もしかしたら、彼の靡く銀髪が月を連想させたからかもしれない。
兎にも角にも、これが私とはたけカカシさんとの初めての出会いだったのである。

しかしそんな出会いも彼らの大食い対決の舞台を用意し、一部始終を目撃してしまえば夜桜や月なんて幻想的な想像はすっかり吹き飛んでしまった。
代わりに、必死にお団子を頬張って頬を膨らます姿にリスを連想したほどである。

二人の対決は結局一皿の差をつけてはたけさんに軍配が上がったが、これはもう終盤どれだけ頬に詰め込めたかで勝敗が分かれたといっても過言ではない。
両者真ん丸になって店を後にする姿は相撲取りの行進である。ゆっさゆさと重そうな体で歩く姿に笑みが溢れたことは言うまでもない。
後に、はたけさんが他国にまでその名を轟かす凄腕の忍であると風の噂で聞いた時には、大食い対決を思い出してしまいくすりと笑みが溢れた。

おかげで凄腕忍者という彼の名誉は、私の中に薄っすらとしか残らなかったのである。





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