会いたくて | ナノ


愛しいひと


大戦が終結を迎え傷も癒えきらぬまま、俺のもとには火影就任の打診がやってきた。
木ノ葉に帰ってみれば、里も勿論被害を被っている。
食料も医療も、治安も。何もかもが満足に稼働していない里は正直見るも無残なものだった。
この里を、誰かが立て直さなくてはいけない。
その役目を担うために俺に白羽の矢が立ったのだ。
昔の俺ならば火影の器じゃないとのらりくらり言い逃れてきたことだろう。
しかしマダラたちと戦い、オビトと刃を交えているうちに、俺の中で大切なものがどんどん色濃く浮かび上がってきたのだ。
大切で愛しい、沙羅の存在が。
同時に、沙羅を守るための手段を考えはじめていた。
戦うことで大切なものを守る。
けれど、大戦が終わった今戦うこと以外で沙羅を守る手段が必要だったのだ。
そのために、火影は御誂え向きだった。
大切で愛しいものを守るのに、これほど使える椅子はない。そう思った。
勿論ナルトが火影として育つまで、里の回復を務めてやるのが俺たちの世代がナルトたちの世代へとしてやれる手助けであることも理解している。
だからこそ、俺は火影にと打診があった時は迷わず首を縦に振ったのだ。
五大国が手を結んだ今、沙羅たちの生活を守ってやるためには火影になることが最善だと疑わなかったのである。
俺は沙羅に一休を続けていて欲しいし、あの場所で微笑む沙羅の姿を見ていたかった。
だからこそ俺にできることをしなくてはいけないと覚悟を決めることができた。

「......」

急遽執り行われた第六代目火影就任式。
笠に記された影の文字が、今はとてつもない重さを秘めてのしかかってきていた。

こんなに重いものを、歴代の火影たちは背負っていたのか。

そんなことを思いながら、きっとこの重さの中には大切な沙羅やナルトたちがいるからだと悟ってもいた。

「大切なものが増えるってのは、厄介だね」

厄介だけれど、この上もなく愛しいもの。
呟いた言葉はまるで何かのはじまりを告げるかのように吹く一陣の風と共に、見上げてくる群衆たちの期待の眼差しごと空へと昇っていった。
真っ白な羽織が風に靡き、影の字を負った笠を被って俺はこれから全力で里の回復に努めることを宣言して沸き立つ群衆を見下ろした。

新たな火影に皆が何を思うかと危惧していたが、それは取り越し苦労だったようだ。
新たな火影という存在が、今この里にとってどれほど必要なものであるかは群衆を見れば分かる。
生活していくだけでも精一杯だと、木ノ葉に帰ってきてからも随分と聞いた。
もしかしたら沙羅もこうして生きていくだけでも大変な思いをしているのかもしれない。
一休もこの里の有様では無事ではないのだろう。
きっと胸を痛めているに違いない。
そう思ったら、誰よりも強く火影でありたいと思っていた。
宣言に込めた言葉にも、らしからぬほどに力が入る。
それでも、今この時はそんならしくない俺でも好きでいられるような気がした。

はたけさん......。

不意に、沙羅の小さな小さな花のような呼び掛けが耳を掠めた気がした。
まさかこの群衆の中に沙羅がいるというのだろうか。
視線をあちこちへと飛ばし見る。
するとその中に見知った着物が覗いたのだ。
あの時、俺の前から蝶が羽ばたくように消え去ってしまった着物が。
群衆が歓声を上げる中だからか、確かに沙羅だったのかと聞かれれば自信はなかったが、きっとあれは沙羅に違いないという根拠のない自信だけは持っていた。
一瞬だけだが、あの丸く透き通る瞳とかちあった気がするのだ。
胸にはこれ以上ないほどの温かな感情が溢れてきた。
俺は沙羅を見つけるだけでこんなにも幸せを感じることができる。

それでも、火影となった今沙羅との距離が遠くに感じることも事実。
いいや。
俺はもう沙羅を守っていくと心に決めたのだ。
最後に言葉を交わした夜のように逃げたりはしない。
伝えなくてはいけないことが山のようにあるのだ。
生きているからこそ、俺は大切で愛しいものを腕に抱ける。しっかり抱き締めて、この口で言わなければならないことがあるのだ。

沙羅、君に会いたい。

群衆の歓喜の声に溶かすように、そう願った。





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