会いたくて | ナノ


一縷のひかり


第四次忍界大戦は、私たちの知るところなく終わりを迎えた。
戦争は得てしてそういうものだと、祖母や周りの人々は口にしたが、私は何も分からずに始まり終わってしまった大戦に胃もたれのような消化不良を起こしていた。
ただ一つ分かることは、第四次忍界大戦は忍連合軍の勝利で幕を閉じ、多くの仲間を失ったということ。
嘗ての両親や、一休のように。
忍たちの帰る場所として木ノ葉を守ろうとしてきた私たちも、勿論忍の人たちも。勝利を収めたことに安堵はしたが、喜びに歓声を上げることはなかった。
それだけ、犠牲が多すぎたのだ。
遺体が残っていればまだ良い方だと、誰かが言っていた。
大急ぎで里の復興よりも何よりも先に作られた慰霊碑や墓石には、亡くなった忍たちの名が永遠と刻まれていった。
喪服の人々が里を歩く光景に、押さえ込んでいた震えが手足の先から体を犯していく。
もしかしたら、永遠と刻まれていく名前の中にはたけさんの名が載っているのかもしれない。
担架で担がれてくる遺体の中にはたけさんがいるのかもしれない。
そんな悪い予感ばかりが先行していく。
戦争は、終わってからこそその恐怖を人々に植え付けていくのだ。

柔らかく居心地の良い夢を見ていた罰だろうか。
朧げにしか覚えてはいないが、私は確かに温かな世界の中にいた。
私が望んでいたものが確かにこの両手の中にあったのだ。
それが砂のように両手から溢れ落ちていく。
消えていく幸福がもう二度と手にできないものだと突きつけられる恐怖は絶望に近い何かを呼んだ。
私の夢のせいではたけさんが死んでしまうなんてことはないと分かっているはずなのに、あまりに現実との差がありすぎてそんなことを思ってしまう。
慌ただしく人々が右往左往していく中に、はたけさんの姿はない。
誰かに聞こうにも、戦地から帰って来た忍に安否を問うことは憚られた。
憚られただけじゃない。問おうとして声を出そうとすれば、喉がひくっと縮むのだ。
まるで、それは問うてはいけないことだ。と、何ものかの力が働いているかのように。
だから私は誰かに問うこともせず、探しもしなかった。
姿が見えないだけであれば、どこかで何かをしているのだと希望が持てたからだ。

「......」

安全を取り戻した木ノ葉の里を、それでも恐る恐る歩いていく。
悪い予感に出会さないように遠ざけていた一休に足を運ぶためであった。
案の定。復興まであと一歩というところまできていた一休は飛んできた岩や暴風、その他諸々の被害を受けていた。
兵蔵さんたちが心を込めて立て直してくれた一休。
それでも、戦争には敵わなかった。
大丈夫かもしれないと思いながら、結局は被害に崩れ去っていたのだ。
こんな風に、はたけさんも......。
そんな最悪が過ってはぶんぶんと頭を振る。
本当は安否だけでも確かめられたのなら、これほど安心することはないのに。
それが出来ないのは嫌な予感と、何より自分たちが生活することに必死だったからだ。
戦争に何もかもを吸い取られた木ノ葉は文字通り生活苦を強いられていた。
戦争中よりも苦しいと言っていいかもしれない。
食料も、医療面も、治安も。
何もかもが不安定な砂上の楼閣だった。

だからこそ、新たな火影様が木ノ葉を率いると大戦直後の今聞くことは驚きでしかなかった。
綱手様が亡くなったという情報は無い。
ならばどうしてだろうか。
そして、誰がこの惨状を率いるというのだろうか。
いいや、率いることができるというのだろうか。
急遽執り行われた第六代目火影就任式。
火影邸を前に集まる助けを求める群衆の中に、私も混じっていた。
助けて欲しいと叫びに来たのではない。
ただ、これから先何を目指して行けば良いのか分からないのだ。
分からないからこそ、新たな火影様をこの目で見れば何かが変わるかもしれないと予感した。
予感したが故に私は就任式に足を運んだのだ。
何でもいい。
はたけさんの安否も何もかもが分からず、生活苦に歯を食い縛る毎日。その終わりのない苦しみの中に新たな火影様という一縷の希望があるならば、それに縋りたかった。
仰いだ火影邸は青空に良く栄えている。
皆が新たな火影様は誰かと祈るような心地で火影邸を見上げていた。
まるで新たな時代の到来を告げるように一陣の風が木の葉諸共私たちの願いを舞い上げていく。
真っ白な羽織が風に靡き、影の字を負った笠が群衆を見下ろした。

「......!」

第六代目火影の名が晴天に吸い込まれていく。
その名を耳が捉えた時、私は驚きに口元を両手で覆ってしまっていた。
止まる息と見開いた瞳は、確かに私が探し求め、幾度となく会いたいと願い、大切で愛してやまない人を映していた。
群衆はまるで大きな生き物のように歓声の声を上げる。
新たな火影様の誕生に戦争後唯一の希望を見出すように。

「は、たけ......さん」

私はといえば思わぬ展開に着いていけず、ただただ六代目火影となったはたけさんを見上げることしかできなかった。
同時に胸に宿ったこれ以上ない安堵に、口元を覆っていた両手が微かに震える。
少しでも気を抜いてしまえば腰が抜けそうだ。

はたけさんが生きていた。
私の大切で愛する人が生きていた。

今はそれだけで十分だった。
群衆が火影様と連呼して、新たな象徴に沸く中でも、私はただそこにはたけさんがいる。その事実だけに張り詰めていた緊張の糸を緩ませた。

『大丈夫。沙羅ちゃんの大切な人は、ちゃんと沙羅ちゃんの元に帰ってきてくれるから』

そう予言を超えて確信めいたことを言った祖母の言葉が蘇る。
本当に、ちゃんと帰ってきてくれた......。
夢ではないことを確かめるようにぎゅっと拳を作り爪を立てる。
爪が掌に食い込む鈍い痛みに、これが現実であることを悟り、また安堵した。
はたけさんの宣誓の言葉が耳を撫でていく。
いつもよりも低くて、芯のある火影としての声。
それはこれから木ノ葉の象徴として木ノ葉を率いていく覚悟を感じさせた。
はたけさんがそう決めたのなら、私も前を向かなくてはいけない。
まるで就任式の間に生まれ変わりでもしたように心が軽くなっていた。
辛くても生きていく。
私にとって幸せを運んでくれるはたけさんが火影様として木ノ葉を率いていってくれるのだから。
はたけさんが頑張っているのに、私が弱音を吐くわけにはいかない。
はたけさんが教えてくれたではないか。
小さな幸せが私の周りには沢山あるのだということを。

「はたけさん......」

声にならない声で呟く。
すると、ふとはたけさんの瞳が動きを止めこちらを向いたような気がした。
一瞬の出来事だ。
きっと群衆の中にいる私になど気付いていないかもしれない。
けれど、はたけさんの前から逃げてしまったあの日のように、一瞬だけれど瞳が合ったような気がしたのだ。
今度は逃げたりしない。
ちゃんと向き合って生きていこう。
はたけさんが木ノ葉を守ると言うのなら、私はそんな木ノ葉の中ではたけさんが安らげる場所を守っていきたい。
今確かに、火影様は私に希望を灯してくれたのだ。
舞い上がる風も歓声も、何もかもがはたけさんの火影就任を祝っていた。

しかし、ただ一つだけ安堵の他に私の胸を漂うものがあることも確かだった。
それは、見上げるばかりで遠い存在になってしまったはたけさんと、もう会うことができなくなってしまうかもしれないという孤独感。
生きているという安堵は、会いたいという欲望をさも当然の顔をして連れてきたのである。

「はたけさん、あなたに会いたいです」

群衆の歓喜の声に混ぜて、そう小さく呟いた。





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