会いたくて | ナノ


ゆめ


「沙羅ちゃん、お団子できたよ」
「はーい!」

甘じょっぱいタレの香り。
優しい祖母の微笑みが厨房の向こうから覗く。
澄み渡る空に、店先に咲くたんぽぽを見つけて良いことがありそうだと微笑んだ。
賑わう一休の店内ではお団子に舌鼓を打つ人や、新しくはじめたお結びに齧り付く人。沢山の人が一休で憩いのひと時を過ごしていた。
その姿に胸の内側からぽっと火が灯るように温かくなっていく。
まるで大好きな春の日を浴びるような心地だ。

「沙羅、今日も元気ね」
「お母さん!」

お店の奥から出てきた母は私を見てにっこりと微笑む。よしよしと頭を撫でられる掌はくすぐったくなるほどに気持ちが良かった。

「お、良い匂いがするな。沙羅、俺にもお結び一つくれるか?」

ひょっこりと母の背後から顔を出した父は、きゅっと額に木ノ葉の額当てを付けて母ごと私を抱き締めた。
それを見ていた店内の常連さんたちからは「仲が良いわね」なんて声を掛けられるほどだ。

「お結びを作るから二人とも席に座っててね」

ちょっとだけ気恥ずかしくなって二人の背を押して席に座らせる。
子供を猫可愛がりする両親の下がる目尻に、なんだかんだと甘やかされているなと思いながらお結びを作りに厨房へと戻った。
炊き立てのご飯を手早く握れば、定番の具に飾り気のない三角お結びが出来上がった。
御新香を端に添えてふっと一息吐けば、隣からは祖母が上手くなったねと褒めてくれた。
その言葉に鼻歌でも歌えそうなぐらい上機嫌になる。
お結びは私の大切な人。はたけさんのために一休で作ることを決めた物の一つだから、褒められたら当然嬉しい。
そういえば今日、はたけさんが一休へ来ると言っていたな......。
そんなことを思い出しながら「早く来ないかな......」なんてことをぽろりと口にしていた。
それを耳聡く拾った母が、「誰に来て欲しいの?」なんて茶化すように私の脇を小突いたが最後。
呑気にお結びを美味いと口にしていた父は、年頃の娘に男の気配でも悟ったのか「誰だ?!」なんてテーブルから乗り上げ、母も母で分かっていそうなのに父の慌てる様が面白いのか「彼氏よね?」なんてにまにまと微笑む。
そんなこんなで朝から一休は一騒動の波に揉まれた。
ぐずる父を母が背中を押して任務へと向かっていく。
その背中に、私は「頑張ってね!」と大きく手を振った。
騒がしいけれど、私にとってかけがえのない日常がそこにあった。
常連さんや、旅の途中に立ち寄った人。小さな子供連れの母親。沢山の人が一休に立ち寄り、その全ての人が浮かべる笑顔に、私はこの場所が何ものにも代え難い大切なものなのだと改めて感じた。
そして。

ガラガラガラ

「いらっしゃ......はたけさん!」

約束通り来てくれる大切な人に、私はそっと走り寄った。
見上げた瞳は緩やかに弧を描き、温かな色を宿している。

「沙羅」

陽だまりのような、私の大好きでちょっとだけ心がくすぐったくなるような声。
その声が私の名を呼ぶ度に、まるで陽だまりで丸くなる猫のような心地になる。

「今日はどうしますか?」

景色の良く見える特等席に案内すれば、はたけさんは少しばかり考える素振りをして、それでも「お結び、お願いできる?」そう目尻に小さな皺を作って告げた。
「はい!」と勢い勇んでお結びを握れば、いつの日か作ったような少しばかり大きなお結びが出来上がる。
心なしか大きなそれに思わず苦笑して、ご愛嬌とばかりに見て見ぬフリをした。沢山食べてもらいたいという贔屓目が出たことは内緒だ。

「お腹減ってたんだよね」
「沢山食べてください」

いただきます。と相も変わらず美しい所作でお結びを頬張る姿についつい見惚れてしまう。
リスのように頬が膨らむ姿に、初めてはたけさんと出会った日のことを思い出す。
あの時はこんなにもはたけさんを大切な人だと思うようになるとは想像もしていなかった。
他国にまで名を轟かせてしまうような素晴らしい忍。
でも私が見てきたはたけさんは、自分の立場に居丈高になることなくそっと花を揺らすそよ風のように優しく接してくれるような人だった。
里一桜が綺麗に見えるだろう高台から望む夜桜のような人。それが私のはたけさんに対する第一印象だ。
今もその時のことはよく覚えている。
それでも、接してきたはたけさんは夜桜よりも力強く、靡く銀髪から想像した月よりも温かな人だった。

「ん?」
「あ、ごめんなさい」

見つめすぎたせいかはたけさんはお結びを頬張りながら視線を寄越した。
その視線と、普段マスクをしている人が口元を晒すというあまりにも無防備な姿に、胸には甘じょっぱいお団子のような感情が広がった。
大切で、大好きな人が私の作ったものを美味しそうに食べてくれている。
それは私にとって何よりも嬉しく幸せな光景だった。
これから先も、こうしてはたけさんと一緒にいられたらいい。一緒にいたい。
とても簡単に未来を想像出来てしまう光景に、お盆をきゅっと抱えて微笑む。
この場所には、私の望んだ幸せが全部揃っていた。
一緒にお団子を作ってくれる祖母に、賑やかでいてそれでもしっかりと私を見守っていてくれる両親。甘じょっぱいタレの香りが漂う一休に、お店に足を運んでくれるお客さん。
そして、私にとって誰よりも大切で愛しいと胸に誓えるはたけさん。
全部が全部、私にとっては日常だけれど、日常なればこそ何よりもかけがえのない幸せだった。

「ご馳走様」
「お粗末さまでした」

米粒一つ残らなかったお皿にホッと胸をなで下ろす。
お茶を啜りながら美味かったとお腹を摩るはたけさんは、まるで少年のような笑みを浮かべた。
一休でならば、私ははたけさんを癒してあげることができる。
今日一日を幸せに生きるための力。
それを私は、はたけさんにあげることができるのだ。

「それじゃ、行ってくるね」
「はい」

店先で振り向いたはたけさんは、まるで幼い子供にするようにぽんぽんと私の頭を撫でた。
私がそれをくすぐったくも嬉しそうに受け取ることを知っているのだ。

「行ってらっしゃい!」

もう何度となく見てきたはたけさんの背中。
明日も明後日も。
こんな日が続くのかと思うと、じんわりと胸から愛しさが滲み出してくる。
幸せなんて言葉では言い表せないほどの、まるで感情や思考が停止してしまいそうな温かな世界。
眩い太陽に向かって歩いていく背中が段々と日に吸い込まれていく。

眩しくて、眩くて。
目を刺してしまいそうな光源に瞳を細める。

そう。
眩しくて、眩くて。
はたけさんの背中が光の屈折で歪んでいく。
まるで蜃気楼の中に溶けていくように。

眩しくて、眩くて。
その閃光のあまりの強さに、思わずぎゅっと瞳を閉じた。
ぐわんと重い耳鳴りが脳を駆ける。


恐る恐る微かな瞬きを繰り返して双眸を開けば、そこに広がる光景に言葉を失った。
ベッドにいる祖母と質素でいて静かな病室。
窓の向こうに広がる荒廃した木ノ葉の里。
私が向き合うはずの、本当の世界がそこにはあった。

夢だと理解したくないほどの”ゆめ”を、見させられていたのである。





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