会いたくて | ナノ


壊れゆくもの


遠くで唸る地響きと爆音が、風に乗って戦地の匂いと気配を運んでくる。

第四次忍界大戦が、私たちの気持ちなど知らずに幕を開けたのだ。

「今回はどうなるかね」

寄合所で顔を合わせた一休の常連さんが、忙しなく手を動かしながらそう口にした。
木ノ葉の里は今、物資も食料も大戦へと注ぎ込んでいるために困窮していた。
故に人々が今までの生活をすることはままならず、食料事情に至っては里の各地で炊き出しを行う決まりとなっていたのだ。
持ち合った食材を切り刻んで火を入れた鍋で煮る。
簡単だが量も味も申し分なく出来るそれらは、大戦において私たち一般人が出来る普通の生活の貴重な一つだった。

「どう......なるんでしょうか」

鍋を掻き混ぜながら呟けば、私の背をぱんと叩く衝撃が走った。

「大丈夫だよ!木ノ葉は強い。それに弱気になったって仕方がない」

まるで背を正せと言われているようだ。
大戦を経験したことのある女性たちは、やはり強い。
頼りになるし、何より心強かった。

「私たちができるのは、戦っている忍たちの帰る場所を守ることだよ」

帰る場所を守る。
そうか。なにも戦っているのは忍の人たちばかりではないのか。
私たちは私たちなりに、やらなければならないことが山のようにある。
残された者には、残された者なりに守るものがあるのだ。
はたけさんたちが、木ノ葉のために戦ってくれているように。
私たちには、そんなはたけさんたちが帰って来る場所を守るという戦いがあるのだ。

「そう、ですよね......」

答えながらあの夜の出来事が脳裏を掠める。
扉の向こう側にいたはずのはたけさん。
どうして会ってくれなかったのか。
私はまたそれを問い掛けることが出来なかった。
恐怖と不安の中で聞くはたけさんの声に安心して、欲しかった答えを期せずして聞けたことに安堵するばかりで、私はまた大切なことを聞きそびれてしまったのだ。
そして、伝え損ねてしまった。
はたけさんは謝ることができて良かったと言ったけれど、私も謝らなければならないことが沢山あるのだ。
はたけさんの気持ちを汲み取れなかったこと。向き合わずに逃げてしまったこと。
どうして扉を開けて会ってはくれないのかと問えなかったこと。
今になって思う。
私ははたけさんの優しさに甘えて、溺れて、はたけさんと向き合おうとしていなかった。
大切なら、きちんと言葉にしなくてはいけなかったのに。
あるはずの日常が壊れゆくことの恐ろしさに身震いがする。
今もはたけさんは何処かで命の危機に曝されているのだ。
会いたいと、もう何度思ったかしれない。
会いたいを積み重ねすぎて体から飛び出して行きそうだ。
押さえつけた胸がドクドクと嫌な音を立てる。
夜もあまり眠れないのだ。

「沙羅ちゃん、無理はいけないよ」

大戦ももう何日目を迎えたか分からない。
貴重な炊き出しを手に、私は祖母の病室を訪れていた。

「大丈夫だよ。私たちがはたけさんたちの帰る場所を守らなきゃ」

受け売りのままに意気込んで見せれば、祖母はやんわりと私の頭を撫でた。
その手は相も変わらずに柔らかい。
私が唯一大戦の恐怖から少しばかり離れられる場所だ。
しかし今日はそうも言っていられなかった。
何処から飛んでくるのか分からない岩の塊や、隕石のような何かが暴風に乗って木ノ葉の里にも降り注いでいたからだ。
病室の窓の外は日に日に荒廃していく。
岩の塊なんかが飛んできた日にはまるで隕石のようだと思った。
一休がまた亡くなってしまう。
そう思ったら、大戦の開幕以降一休に足を向けることができなかった。
もし壊れてしまっていたら......それが何かの前兆のように不吉なものを引き連れて来てしまうような気がしてならなかったのだ。

はたけさんは今何処で何をしているのか。
無事でいるのか。

大切な人を想って待ち続ける時間は途方もなく長い。長くて細い糸を、切れないように限界まで伸ばして保ち続けなくてはいけない。
それは酷く難しくて、毎日少しずつ胸を引き千切られていくような心地がした。
日常がどんどん遠くなって、手の届かないものになっていく。
初めてはたけさんと出会い、少しずつ近付いた距離がまるで泡沫のように消えてしまうのではないかと身が竦んだ。

「いつの日も戦争は、こうやって若い子たちの幸せを奪っていくんだね......」
「......」

何気なく放たれた祖母の一言。
窓の向こうを見つめる瞳はまるで今を通り越して遥か彼方を見ているようだった。
そう。遥か彼方と名付けた、遠い昔を。
誰に放たれたものでもない言葉はそっと空気と混じり合い溶け合って一つになる。
理解するよりも前に空気になってしまった言葉に私は祖母が見つめていた窓の向こう。その先を同じように見つめることしか出来なかった。

その視線の先に、まさか見たこともないほどに大きな凶悪性すら感じる紅の月が昇っているなど思いもしないで。

瞬き一つまともにしたかも分からぬ内に、私は夢とも現実とも分からぬ場所へと飛ばされていた。





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