会いたくて | ナノ


変わりゆく日常


はたけさんに会って、話をしたい。
そう思った矢先のことだった。

木ノ葉の里を、第四次忍界大戦という不穏な単語が駆け巡ったのである。

「え......」

大戦をまともに経験したことのない私にとって、その単語は未知のものであり、遠い国の御伽噺そのものだった。
言葉にならない呟きをぽろりと零してしまったのは、これから何がはじまってしまうのだろうかという不安が許容を超えて溢れたからだ。

「すまねぇ、沙羅ちゃん。再建は......」

そう言葉を濁す兵蔵さんに、ふるふると首を振る。
戦争を知らない私でも、この状況においては忍でなくても働き盛りの男たちが重宝されることは知っていた。
ましてや名匠なんて言われる兵蔵さんや、大工さんたちだ。
大戦なんて大掛かりなものであればあるほど、貴重な戦力であることは間違いない。
再建と、言っている場合ではなくなってしまったのだ。
あと少し。あと少しで完成したのに。
完成という文字がほぼほぼ支柱の中にある状態で手を止めざるを得ないのは心苦しかった。
けれど、世間が忍界が、周りの空気がそれを許しはしなかったのである。

「気にしないでください!また、大戦が終わったら......」

何の確証も保証もない言葉。
木ノ葉の里が襲撃されてしまったら。
もし大戦が長引いてしまったら。
明日の命すらも保証が危ぶまれる中で、再建などできようはずはない。
「また」と口にしながら、その「また」はいつ来るともしれないのだ。
大戦を知らないからこそ出てきた言葉に、兵蔵さんは何を思ったのか小さく微笑むだけだった。
それからというもの、五大国が総力を挙げて行う大戦は木ノ葉の里にいる私たちの日常もがらりと変えていった。
まるで吹く風があっという間に方角を変えていってしまうように。
食糧の確保。武器の調達。里の守り。忍連合軍と名付けられた集団の象徴とも言うべき額当ての生成。
忍でないからこそ出来る仕事はありとあらゆる場所にあった。
大戦に向かう忍たちのために、そして何よりも自分たちの居場所や生活を守るために世の中が動いていた。
かくいう私も、勿論その中の一人である。
頓挫した一休の再建と、あれから一度として会うことのできていないはたけさんのことを頭の隅に、大戦という来るべき日のための準備に追われていた。
賑わっていた木ノ葉の里の商店街も軒並み店を閉めている。
閑散とした空気と、漂う不穏な気配がどんよりと未来に靄をかけていくような気がした。
大戦を知らないからこそ日常との落差は激しく、周りの大人たちほど落ち着き払ってはいられなかった。
ただ、何がはじまってどうなってしまうのだろうか。そんなナニカ漠然と大きなものに飲み込まれるような不安が胸を撫で、事の大きさに体と思考が付いて行かなかった。

「沙羅ちゃん?」
「......!」
「具合でも悪いのかい?」
「いいえ!大丈夫ですよ!」

里に点在する寄合所は今、大戦のために女たちが額当てを縫い合わせる製作所へと変わっていた。
手の空いている者たちは手を貸して欲しい。火影様からの命は直ぐさま里中に広がり、寄合所には日夜引っ切り無しに人が集まっていた。
私も祖母の見舞いなどの傍ら寄合所で”忍”と記された額当てを縫い合わせている。
この額当てをして戦うのだ、忍の人たちは。

そして、はたけさんも。

手にした額当てはこれから大戦の中を忍たちの誇りの象徴として駆け巡るのだろう。
そんな大切な物を作る工程に携われることは誇りだ。
この額当てが多くの忍の人たちの力になればいい。
何より、はたけさんの力になればいい。
そう思った。
けれど、心のどこかで手にした額当てを放り投げてしまいたい気持ちもある。
大戦の象徴。
それは即ち誰かの、多くの人の死を意味する。
私の両親や、一休。大切なものが呼吸をする度に消えていってしまうかもしれないのだ。
大戦がどれほどのものなのかは分からない。
それでも、誰かが死んでしまうかもしれないことは確かなのだ。
私とて、生きていられるか分からない。
戦略とか戦術とか、そんなものは分からないが敵が木ノ葉に攻め入らないとはかぎらないのだ。前例がある以上。
手にした額当てを握り締めてお腹の底にふっと力を込める。
はたけさんなら何と言うのだろう。
大戦や戦場を沢山経験してきているのだから、もしかしたら何てことないように微笑んで大丈夫と口にしてくれるのだろうか。
分からない。
あの日から一度としてはたけさんには会うことができていないのだ。
会いたい。話したい。
はたけさんならば、こんな状況になってしまった世界を見て何と言うのだろうか。
会いたい。話したい。
しかしいくら思えど、何処にいるかも分からなければはたけさんは第一に忍だ。
第四次忍界大戦なんてことになれば、はたけさんほどの人が主力となり動くのだろう。
木ノ葉を長期的に離れることだって十分にあり得る。
会って、話す。そんな今までなら普通にできていたことが酷く難しい。

私たちはどこへ行って、どうなるのだろうか。
はたけさんはどこへ行って、どうなるのだろうか。

一休が亡くなった時に感じた、心が切り取られていくような感覚が蘇る。
大丈夫。落ち着いて。
そう自分に言い聞かせるようにお腹に込めた力をふーっと吐き出す。

耳の奥で、随分と遠い昔のように感じてしまうはたけさんの陽だまりの声が木霊した。

大丈夫。





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