会いたくて | ナノ


かけだして


「当たり前だよ」

初めて聞くその冷たい声は、まるで指先から氷水に浸るようにどきんと胸を竦み上がらせた。

事の発端は、やる気を漲らせた私のほんの些細な不注意から始まったのだ。
河川敷ではたけさんと共に川の煌めきを眺めてから直ぐ後のこと。
崩れ去った一休を再建する旨を祖母に伝えに行けば、そこには木ノ葉指折りの大工として有名な兵蔵さんがお見舞いにと祖母のもとを訪ねて来ているところだった。兵蔵さんは祖母の代から一休の大ファンであり、大工仲間に差し入れとしてみたらし団子をよく買いに来るほど。
そんな二人が朗らかに談笑しているところに割って入るのは気が引けたが、はたけさんから貰った”大丈夫”という言葉の力強さに体がむずむずとして動かずにはいられなかったのである。
祖母の味を継いだお団子を楽しみに待っていてくれる人たちのために。
そして、はたけさんのために。
少しでも癒しとなれる場所を作ってあげたい。
一休を再建したい。
その想いを告げれば、祖母はいつも通りお団子を丸める時のように私を優しく包み込み抱き締めてくれたのだ。

「やってごらん。大丈夫。きっと上手く行くから」

ぽんぽんとあやされるように背に添えられた皺くちゃの掌。その温かさに、私はまた力を貰ったのである。
そんなこんなで再建することになった一休ではあったが、それじゃあ建設に取り掛かりましょう。とは問屋が卸さなかった。
何故なら、何処へ頼むのかもどうすれば良いのかも目処が立っていなかったからである。
まずは建設ラッシュに湧く木ノ葉で大工を見つけなければいけない。
そう思った矢先だった。
話を聞いていた兵蔵さんが、ならばと声を上げてくれたのである。

「でも、ご迷惑じゃ......」

有難い申し出ではあったが、兵蔵さんの大工屋は木ノ葉でも指折りの名工が揃うと評判であったため、建設ラッシュに湧く今新たに人を割いてもらうのはとても気が引けた。
しかし兵蔵さんは、昔工具で付けたという傷跡が無数に残る手を力強く握り締め胸に当て、自慢気に言ったのだ。

「遠慮しなさんな、どーんとワシに任せんしゃい!」

その力強い言葉に、私は頭を下げるほかなかった。こんなにも温かい人々に囲まれたのだから、きっと再建は上手くいく。
そう信じて疑っていなかったのである。
勿論、着々と進む工事に私も並々ならぬ気合いを漲らせていた。

「足場はこんなものか」

鉄骨を組み立て出来た一休の外観を形成する足場を見上げ、兵蔵さんは一息着くとそう呟いた。
瓦礫の撤去から始まり、地盤固めを行い足場を作り上げていく。
毎日一休へと向かう足取りは、名匠たちの力により着々と進む再建の早さに軽々としていた。

「皆さん、お疲れ様です!」

お昼休憩に入る大工の皆さんに、これでもかと拵えてきたお結びを振る舞う。

「ねーちゃん、俺たちも食べていい?」

そこに現れたのは、大工さんたちの子供だ。父親が働いている姿を見にやって来たようで、邪魔をしないという約束のもとこの現場にいたのである。

「どうぞ。沢山あるからいっぱい食べてね」

わーいと言う掛け声のもと、子供たちがわらわらと集まって来た。
足りるかな?と残りのお結びを数えながら頬を膨らませてお結びを頬張る子供たちの姿に微笑ましくなる。

「悪いね、沙羅ちゃん」
「いいえ!沢山ありますので、皆さんも遠慮せずに召し上がって下さい」

それじゃぁと伸びてくる手にお結びを手渡す。子供に負けず美味い美味いと頬張り咀嚼を繰り返す大工さんたちの姿に、やっぱり私はご飯を美味しいと食べて貰えることに幸せを感じているのだなと胸が温かくなった。
そして、大工さんたちの影に過るはたけさんの「美味かった」と目尻に寄る優しげな皺を思い出し、早く一休を再建出来るようにしなくてはと改めて気合を入れたのだ。

しかし、それも束の間。
昼休憩の終わった大工さんたちは仕事に戻り、残った子供たちの面倒を見ていて欲しいと言われた私は快くその申し出を引き受けた。
子供たちは真剣に働く親の姿をじっと見ていたが、流石に飽きてきてしまったのか各々に遊びに興じはじめる。
そんな姿を子供らしいなと見つめ、自分にもこんな時代があったんだよなと想起する。
鬼ごっこで駆けずり回っていた頃が懐かしい。
そういえば、はたけさんはどんな子供時代を過ごしていたのだろう。
子供たちを眺めながら、はたけさんの子供時代を想像し首を振る。
きっと、私のように楽しいからという理由だけで外を駆けずり回ったりなどしない子供だったに違いない。
もし私が忍であったなら、はたけさんと子供時代を共有出来たりしたんだろうか......。
有り得もしない妄想が思考を支配していく。この時ばかりは、忍の道を選ばなかったことを少し後悔した。
それでも、どんな少年だったのかと想像することはとても楽しく思えたのである。
そんな時だ。

「危ない!」
「?!」

男の子の叫びが工事現場に響き渡る。
その声に飛び上がった私は目の前に広がっていた光景に考えるより先に体が動いていた。
気付いた時には、祖母のお見舞いにと訪ねる病室とよく似た場所で寝かされていたのである。

ぼんやりとしていた頭で状況を飲み込もうと試みる。
もぞもぞと体を動かした際に突如ズキンと痛む足に全てを思い出した。
そう。あの時、男の子の「危ない!」という叫びの先にあった光景。
遊びに夢中になっていたのか、一人の男の子が木材の立て掛けてある場所へと入って行ってしまったのだ。
夢中になった子供は周りが見えない。そんな当たり前のことを分かっていながら、少しでも目を離してしまった。
何かの拍子に木材へとぶつかったのか、立て掛けてあったものがまるで生き物のようにぐらりと揺れドミノ倒しのように男の子目掛け迫って来ていた。
その光景に、私は考える間も無く走り出し男の子を抱き締めたのだ。
そこから先は、記憶が無い。
あの子は、助かったのだろうか。





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