03-02
その時だ。
甘い香りと共に「お団子十本追加で!」とやけに豪快な注文をする威勢の良い女性の声が鼓膜を震わせた。
聞き覚えのある声に誘われて、沙羅は足早にお団子と垂れ幕のかかった甘味屋を目指したのである。
「いらっしゃいませ」
暖簾の先にいたのはあの日以来顔を合わせることなく探し求めていたアンコが、団子の空き皿を机に積み上げたまま湯気の立つ緑茶を啜っているところだった。
「……あんた」
それが沙羅とアンコの事件後初の顔合わせであった。
「……座ってもいい?」
そう口にしてアンコ了承のもと正面の椅子に腰をかけて約十五分。
互いに無言を貫いていたぎこちない空気を壊したのは、アンコの「怪我はもういいの?」というぶっきらぼうな一言だった。
もう大丈夫だということをやんわりと告げると、これまた「そう」という素っ気ない返事が返ってきた。
当然の反応だろうと沙羅は心の中でアンコの対応を冷静に受け止めていた。
シカク伝てで周りが自分に対してどのような感情を抱いているのかを少なからず聞いてしまった今、兎に角変わってみる努力をしなくてはいけないと感じていたのだ。
勿論、一番にしなくてはいけないことは、みたらしアンコと月光ハヤテにきちんと頭を下げることからだと決めていた。
「……ごめんなさい」
「……」
突然の謝罪に、アンコはぴたりと団子の咀嚼に忙しい口を止めた。
「あの時私の身勝手でフォーマンセルの輪を乱した。後で聞いたことだけど、後始末をしてくれたのが二人だったって聞いて、一番に謝らないとと思っていたの……本当にごめんなさい」
数日前から伝えようと考えていた謝罪文は半分ほどしか口に出すことは出来なかったが、ぐだぐだと語るよりはストレートな言葉の方がアンコには上手く伝わるような気がしたのだ。
「別に謝らなくたっていいわよ。結果的に任務は成功したんだし」
「でも……」
「分かってるわ。あんたの言いたいことぐらい」
成功という言葉であの事件を片付けられてしまうことに恐怖した沙羅は咄嗟に否定を口にしたが、アンコがそれに被せるように言葉を紡いでいく。
喉の奥が妙に乾く。
二人の間を湯気がゆらゆらと踊る。
それは二人の心の有り様をとても絶妙に語っているようだった。
「あの任務、一番悪いのはあんたよ」
一呼吸置いたアンコの声は今まで聞いた中で最もずっしりと重たく、しかし何よりも信用のおけるものだった。
一番悪い。
そうきっちりと断言してくれる人間がいったい世の中にどれだけいるのだろうか。
沙羅はその一言でみたらしアンコという人間の本質を見ることができたような気がした。
そして、続けて出てきた台詞によってその存在は確固たるものになったのだ。
「でもね、悪いのは私たちも同じ。あんたの考えも気持ちも理解しようとしなかったし、出来なかった。あんたを止められていたらもっと被害が少なく済んだでしょうね」
「……ごめんなさい」
今の沙羅にはもはや弁解しようなどという気はさらさら無く、反省の言葉を思いついたとしても長々と語ろうとは思えなかった。
すると、アンコは面倒くさいと言わんばかりに団子の刺さっていない串でびしっと「ごめんなさい」と呟かれた単語を一刀両断していったのだ。
「だーかーらー、あの任務は私たちフォーマンセル全員の責任よ。あんたの暴走も、単独行動も、全部全員が責任を負わなくちゃいけない。シカクさんにもそう言われたわ。実際あたしもそう思ってるし」
沙羅は目を点にアンコが突き出した串の先端を見つめる。自分が何を言われたのかを考えることに全神経を注いでいた。
「兎に角、あんたと私たちはもっと話し合う必要があったのよ。お互いがどんな思考を持っているか、とか。任務の話だけじゃなくね」
この時、沙羅の脳内には病室でのシカクとの会話が蘇っていた。
“他人と関わり、他人を知り、自分を知ってもらう”それは日常生活の中だけでなく、何よりも任務に役立つ。
そう教えてくれたシカクの言葉。
沙羅は口内に溜まった唾をごくりと飲み込んだ。
アンコの放った“話し合う必要”という答えは沙羅が変わっていくためには必要不可欠なものだった。
再び沈黙に包まれた空気の中、沙羅の声が囁かに、しかし確かな覚悟を持ってアンコに向けられる。
「……飲みに行かない?」
「……は?」
突如沙羅の口から飛び出した発言は、アンコの少し吊り上がった目元を真ん丸に変えた。
突き出されていた串が重力の力を受け机の上に軽々しい音を立ててぽとりと落ちた。
アンコは瞬き一つせず向かいでこちらの様子を伺う沙羅を見つめた。
腹の底から妙にくすぐったいものが湧き上がってくるのを感じたアンコは、視線を逸らし口元を手で覆ったのだ。
その後、沙羅が再び言葉を紡ごうとした瞬間、アンコの哄笑が店内に賑やかしく響き渡り、「あんたからそんな誘いを受けるとは思っていなかった」という言葉と共に忍御用達の飲み屋といわれる場所へずるずると引かれて向かったのだ。