遣らずの雨 | ナノ


02-02



「お前さんフォーマンセル組んだ時の同期、覚えてるか?」


「え?……はい」


急に毛色の違う質問がシカクの口から飛び出したことに驚いたが、沙羅はこくりと首を縦に振った。


「じゃあそいつらがどんな人間か知ってるか?」


「……」


どんな人間か。

それは沙羅にとって一番答え難い質問だった。外見がどうだとか、医療タイプかそうでないかだとか、そういった類の答えを期待しての質問ではないと分かった沙羅の口は閉口するしかなかった。
答えられる回答の選択肢すら持ち合わせていないからだ。


「俺もお前のことは知らない」

「……」

「あいつらも言ってたよ。お前のことは分からないって。何を考えどう思っているのか分からないってよ」

「……」


当然だろう。

彼らとは任務でなければ言葉を交わしたことがないのだから。


「ようするに、もっと他人と関わって他人を知り自分を知ってもらうことだな」


黙りを決め込んでいた沙羅を見かねたのか、シカクは気だるそうにそう口にした。

何故ですか?

などという馬鹿らしい質問は沙羅の口からは出なかった。
他人と関わり、知り知ってもらうことが後々戦場に出た時どういった利益を生むか身をもって体験したからだ。
シカクはそのことを気付かせようとしていた。


しかし、次に沙羅が思ったことを口にすると、目の前のシカクの顔はこれまた見事に呆れたことを物語って歪んだのである。


「……どうしたら知ってもらえるのでしょうか」

「……」


真剣に語っていることから冗談を言っているとは思えないが、如何せん質問が質問なだけにシカクの顔には呆れを通り越して心配の色が浮かんだ。


「どうって……そうだな、仲間と飲みにでも行けば嫌でも知ったり知ってもらえたりするだろ」

「飲みに……」


“飲み”という単語を復唱した沙羅の眉間に小さな皺が一本入る。
どうやら“飲み”に良い印象を持っていないのだろうと察したシカクは「嫌いか?」と苦笑気味に問いかけた。


「顔に出ていましたか……」

「ここにな」


悪戯がばれた子供のように小さな笑みを零した沙羅に、シカクは自身の眉間をとんとんと指で指した。
シカクにとってこの瞬間の沙羅の笑みはぎこちないものではあったが、初めて見る感情が素直に表れた笑顔らしい笑顔だったと後になって思うのだった。


「正直、私飲み会は苦手でして……」

「嫌な思い出でもあるのか?」

「いえ……そういうことではないんですが。あの空気が元々苦手なんです。お酒も強くありませんし」


そう語る顔は正直な口に似合って苦手を表していた。


「苦手……か」


苦手と言われてしまえばシカクが返答に困ることは目に見えていた。
しかし、的確な言い回しを知らなかったというのが事実である。
飲み会に行ったことすら無いが、外側から見るあの熱気溢れる空気は自分には合わないと瞬間的に察していたので、何がという具体的なものがあるわけではないのだ。


「まぁ、こればっかりは無理強いするもんじゃねぇからな。飲みじゃくても普通に話してみりゃいいんじゃねーか?ま。俺はいつかお前さんと飲んでみたいと思うがな」


「え」


まさか一緒に飲んでみたいと言ってくれる人間がいるとは思ってもいなかったからか、沙羅は目を点にしてシカクを見つめた。

すると、その反応に気恥ずかしくなったのかシカクは軽く頭をかいてその手で沙羅の頭をぽんぽんと優しくなでたのだ。


「俺はお前さんと違って酒は好きだし、飲み会と言われりゃ参加するくちだが、お前さんはお前さんのペースで飲み会に参加してみりゃいいんじゃねぇか?ま、飲まなくても良いが参加だけはしてみるといい。他人の話をただ聞くってのも結構面白いもんだぜ」


任務中に地図をなぞる手を思い出し、その手が想像以上に大きく暖かく優しいことに、沙羅の口角は緩やかに上がった。

思う以上に、自然に。





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