02-01
そう。あの日。
今日と同じように曇天に覆われた世界と、湿気が肌にまとわりつく居心地の悪い日だった。
木ノ葉の侵略を目論んでいる賊軍が見つかったとの情報が入り、火影の命のもと討伐に当たった先発隊から援軍の要請が入ったのだ。
「奈良シカクを隊長に、みたらしアンコ、月光ハヤテ、涼城沙羅の四名を援軍として賊軍討伐を命じる」
「はっ」
沙羅は同期の二人と共に、上忍であるシカクの下について賊軍討伐のために南の森へ歩を進めていた。
シカクの采配は沙羅の考えの及ばぬ次元で繰り広げられ、流石という言葉が陳腐に聞こえるほど完璧なものであり非の打ち所がなかった。
しかし、悲劇を生んだのである。
その理由が自分本人であると、沙羅は見知らぬベッドの上で消毒液の匂いと鈍い動きしかみせない四肢を感じて悟ったのだ。
「目が覚めたみてぇだな」
「ここは」
「木ノ葉病院だ」
「……」
沈黙する沙羅に対して声の主シカクはベッドの傍へ歩み寄り、怪我の具合はどうだと問いかけた。
その顔は援軍に向かう際、最後に「まぁ、気負わず行こうや」と語りかけた時の様に緩やかに笑んでいた。
だがその中に、微かな怒りも潜んでいるように感じられたのだ。
理由は簡単である。
自身が今回の作戦唯一の汚点であり、その行動が咎められて然るべきものだと理解していたからだ。
「……すみませんでした」
シカクの問いには答えず、謝罪の言葉だけがするりと口から溢れる。
「それは何に対しての謝罪だ?」
シカクの顔から笑みが消え、その瞳が真っ直ぐに沙羅を見据えた。
「隊長の判断を待たずに行動したことです」
そう。
あの時、沙羅たち援軍は先発隊と合流を計り戦火の中にいた。
援軍を要請するだけのことはあり、賊軍も手練揃いという長期戦も視野に入れなくてはいけない状況だった。
そんな中で先発隊と合流した時には、既に死傷者も出ており戦況としてはあまり芳しいものではなかった。
沙羅たちの目にも、長期戦になれば数の上でも不利になるだろうことは目に見えていたのである。
「隊長、私が出ます」
シカクが戦術を練っていた時、沙羅がそうぽつりと口にした。
「駄目だ。今は分が悪い。もう少し戦況を見る」
「ですが!」
食ってかかる沙羅に対して、シカクは尚もピシャリとその提案を却下した。
同期の二人は後方でじっとシカクの命を待っている。その姿勢が忍のあるべき姿であることは明白だった。
しかしその瞬間の沙羅には、戦況を変えなくてはいけない。変える何かが必要であり、それは援軍として来た自分の仕事だと勝手に思っていたのだ。
後から考えてみると、大層な自惚れである。
隊長を信じず、隊長の考えていることを理解しようとしなかった。
それだけでなく、勝手に自分の仕事を決めつけ挙げ句の果てにそれを実行してしまうという暴挙に出たのだ。
忍としてあるまじき行為である。
その行動をさせた原因は沙羅のどこにあるのか。
シカクなら気付いているのではないだろうか。
沙羅は動かない四肢を無理矢理動かして上体を起こした。
シカクの真摯な瞳としっかり向き合うために。この人が自分に答えをくれるのではないかという一縷の望みを胸に。
「それだけか?」
「……いいえ」
この人には自分の考えていたことが全て見透かされていたのだと、沙羅はその一言で気付いた。
「……隊長を信じず、隊長のお考えを理解しようとしませんでした。それだけでなく、自分の役割を全うすることよりも目先の戦況に囚われ、挙げ句の果てに単独行動に走りました。一歩間違えれば仲間を死に追いやる行為です」
するすると口から滑り出す言葉たち。頭で整理される前に出ていく単語は沙羅に息継ぎの間を与えなかった。