遣らずの雨 | ナノ


01



湿気だけが日々上昇し、空気に重いベールが掛かっていく中で、沙羅は長い髪を鬱陶しいとばかりに一つに括った。

簡素な部屋の一角に掛けられたカレンダー。絵や写真一つ載っていないそれは、沙羅という人間そのものを表しているようだった。


本日、六月十二日は特別何かあるような日ではない。一般人にとっては。

しかし、その日のカレンダーにはご丁寧に“歓迎会”という言葉がいやに達筆な文字で記されていた。
今日は、沙羅や他数名の忍が上忍や特別上忍という位を与えられたために催される、所謂歓迎会という名の飲み会があるのだ。


「……」


その文字を苦笑交じりに、まるで文字の向こう側を覗くように沙羅はじっと見つめた。

沙羅にとって飲み会という場は正直苦痛でしかなかった。
お酒を飲むのなら一人部屋でチビチビと。というタイプであったし、皆で集まってわいわいとする雰囲気はどうも肌に合わなかったのだ。
それがどうしてなのか?と問われてしまえば、もう生理的なものと答えるしかなかった。

だが大人の世界はそう甘くはない。
ある上忍に『飲まなくてもいいから参加だけはしとけよ』と頭にぽんと暖かい温度が降ってくるのと同時に言われたのだ。

その意味を、沙羅は後になって思い知った。

初めて飲み会というものに誘われるようになった時、真っ先に首を横に振って誘いを断った。
沙羅にとって飲み会という場に価値を見い出せなかったからだ。
他の同期は両手を挙げて喜ぶ者もいれば、渋々といった具合に参加する者もいた。
しかし誰一人として不参加を選択する者はいなかった。

沙羅一人を除いて。

そのせいか、同期とも少しずつ距離ができていった。
同期だけではない。
先輩とも必然的に距離ができ、飲み会の話だけではなく、普通の日常会話すら任務の報告や連絡だけという仕事上の繋がりしかなくなった。それを当時の沙羅は特別気にかけたことはなかったのである。
別に私生活の話をしなくても忍は出来ると思っていたし、実際あの日までは出来ていたからだ。





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