小説 | ナノ

かぬ蛍が身を焦がす



「例の任務で死傷者が出てたって知ってるか?」

その言葉は俺を愕然とさせるに十分な威力を持っていた。

「それマジ?」

アンコが呟かなければ自分が呟いていたかもしれない。
もう一度と聞き返す程には耳を疑ってしまった。
居酒屋の人と人の波を縫ってこの会話をどうして耳が拾ったのかは言うまでもなかった。
例の任務。
それは彼女が以前請け負っていたものだった。
秘密裏に進められる任務が多い世界で、この任務は上忍以上への通達が成されたオープンな環境下で行われる任務だった。
ところが、その任務で死傷者が出ていたなどということは聞き及んでいない。
勿論それは彼女ではないし、彼女の口からもそんな話は聞かなかった。
無事に任務を遂行してきたという話を聞いただけである。
だが、居酒屋の熱気に包まれお猪口の酒を煽るように飲み干した瞬間、ふと我に返った。
彼女の艶やかな背中とさらりと流れる漆の髪、紫暗の瞳が影を落とした場面と共に、

「カカシのこと、好きよ」

その声が耳元で木霊したのである。


「アンコ、その死傷者って誰ヨ」

己から溢れたやけに低い声音に周りが反応を示す。
勿論アンコも急に何だと眉間に皺を寄せた。
酒で少しばかり上気した頬と居酒屋の熱気が体にもわりと纏わりついてくる。
御猪口からお酒が溢れるか溢れないかの瀬戸際を水面張力の力で保ち、溢れるまでのカウントダウンを今か今かとするような緊張感が背中を走る。
眉をしかめたアンコも、俺の空気を察したのかこめかみをトントンと叩く仕草で記憶を辿っていく。
その口が人名を形どるのを、息を詰めて待った。

「確か、ヨナガ……
「!」
そう、ヨナガって言ってたわ。あたしも詳しくは聞いてないから知らないんだけど」

その瞬間、俺は纏わりつく熱気を振り払うがの如く椅子から立ち上がり、会計もなんのその物凄い勢いで居酒屋を飛び出した。

まさか。

どこかで働いていた己の勘がこんなに時間をかけて当たりに辿り着くことがあるのかと愕然とする。
まさか。

まさか。

彼女の艶に混じって漏れる息遣いが今耳に木霊したのは、あの時感じた違和感の正体に気付いてしまったからなのか。
とにかく一刻も早く、彼女に会わなくてはいけない。
地を蹴る感覚がもどかしい。
この一歩、膝を曲げて前に踏み出す動作がもどかしい。

早く、早く彼女に会わなくては。

この時の俺はただ一つ、それだけを考えていた。。





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