わるいひと | ナノ


「おやまぁ、お客とは」

珍しいこともありんすな。

草臥れた暖簾を潜る。
森の奥深くに佇む家屋の中に入れば、烟った空気と艶やかな女の声。
視線をぐるりと彷徨わせ、やっと女の姿を映す。イタチの記憶にある女が、そこにいた。燻る煙を纏いゆったりと客を迎えるその姿が、脳裏の記憶と一致する。
妙な気分だ。
まるで俺自身が見てきたかのように鮮明に思い浮かぶ。此処に来るまでは、ゆらりと揺らぎ、一息吹けば消えてしまいそうな程の微かな記憶であったのに。彼女を視界に認めた途端、淡い映像がみるみるうちに色をつけ鮮やかに流れていく。まるで記憶に意思があるようだ。

「煙い」
「おや、ごめんなんし」

まさか、お客人が来るとは思いせんしたからなぁ。堪忍へ。

薄っすらと白い煙が漂う室内でゆったり寛ぐ彼女にそう声をかける。
すると彼女は何が可笑しいのかくすりと笑い、カンと小気味好い音を響かせて煙管から手を離した。
この表情も、この態度も、記憶にある彼女と何1つ変わらない。
目の前の彼女の仕草1つ1つが、イタチの記憶に揺蕩うその人であると、そう告げていた。

「してお客人。こんなご時世に一体何をお求めで」
ご覧の通り、売り物になるようなもんはそう残っておらんせんへ。

記憶を通して見る彼女は、ますます記憶通りの人物で、一見の客に対する警戒は忍の世界を生きる強かな女であった。
戦が終わっても、彼女の薬を求めやってくる者が居るのだという事実がふと夢見の様な記憶に水を差す。この警戒が物語る、平和とは程遠い現実にぐっと眉間に皺が寄った。

「あんたに用がある」
「おやまぁ、そらまた珍し」

そんな感傷に似た不快感を押し隠して言葉を紡ぐ。用があるのは薬ではなくあんただと、そう告げれば、虚を衝かれたとばかりに驚く彼女。
次いで警戒を増した様に笑みを携えるその姿に遣る瀬無さを覚えた。
イタチの思い残しを告げる為に来たはずが、如何にも上手く行かない。こんな時ナルトならば、なんて考えるまでもない。間違いなく、ハッキリと言葉を紡ぐだろう。どんなことにも、正面から向かっていく奴だ。こういった思いを告げる時も、駆け引きだの探り合いだの、そんなことはしないのだろう。

けれど俺は、こんな時。
どう話し始めたらいいのか分からない。
イタチの記憶から読み取った感情を伝えて何になる。それをイタチは望んでいたのか。
あまり多くを語ろうとしない彼奴のことだから、きっとこの感情の一片でも、彼女に伝えようとはしなかったのだろう。
イタチの思い残しを払おうとやってきたのにも関わらず、今になって思い立ち止まり、口下手に成ろうとする己の不甲斐なさに、ため息が溢れた。

「ほんに、そっくりやねぇ」
そんな時、隠れるようにひっそりとした笑い声が耳に届く。

はっと無意識に下ろしていた視界をあげれば、着物で口元を隠し目を細める女主人が、くすりくすりと笑っていた。

「人の顔見てため息吐くところも、ようよう似ていんすよ、サスケ様」

ころころと鈴が転がるような笑い声。
先ほどまでの警戒心は何だったのかと思う程に、讃える笑みは穏やかだった。





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