華ヤカ哉、我ガ一族 | ナノ

第弐話 春風ノ使用人、来タル


使用人は替えが効く。
しかし、使用人を続けるだけの素質があるかどうかというのは、使用人を取っ替え引っ替えすることとはだいぶ別であった。
時は大正。ハイカラな仕事が世の中に溢れ出すと、使用人なんていう地味で辛い仕事をしようという者は明らかに少なくなった。
それは宮ノ杜とて同じこと。
威圧を放つ玄一郎に、癖のある六人の兄弟。
その自由奔走さと天上天下唯我独尊的振る舞いに根気良く付き合うにはコツと忍耐力を必要とした。
それが使用人の素質の全てかと言われたら語弊があるが、この宮ノ杜ではコツと忍耐力が7割を占めていた。
それだけ宮ノ杜家の人々は一般的に少々難があると言ってもいい。
しかし此処はその天下の宮ノ杜家である。
他所は他所の流儀があるように、宮ノ杜には宮ノ杜の流儀があったし、使用人の在り方があった。
流儀の中には変わったものも存在し、宮ノ杜では二ヶ月毎にある使用人審査とやらがそれに該当するだろう。
耐えられぬ者、審査に合格しなかった者は直ぐに辞めていく。
けれど、だからと言って流儀を変える気もなければ去る使用人を止めることも玄一郎はしなかった。
勿論玄一郎から使用人の全てを任されている千富も右に同じである。
だからこそ宮ノ杜で使用人を長く務める者は重宝されたし、そういう人材を探してもいた。
千富にとってもう何度目か分からぬ春が舞い踊る季節。
使用人が足りないという情報を聞きつけた玄一郎付きの情報屋、喜助に連れられやって来たのは帝都から離れた田舎町。
此処で使用人を探すと言い出した時は呆れたが、田舎娘の方が性根が真っ直ぐだという喜助の言葉に少しばかりは期待して、当て所なく使用人を探していた。
まさかその後直ぐに見つかるとは思いもせず。

「浅木はると申します」

春の名を冠した娘に、突拍子もなく春風にでも乗って来たのではないかと勘違いした。
何故ならこの娘、喜助を追いかけるためにスカートの裾を翻し走り来て、開口一番「使用人になりたいです」と言ってのけたのだ。
珍しい娘を通り越して千富は呆れに溜息を吐いた。
しかし待てど暮らせど使用人になろうなんて人はおいそれと見つかるものではない。
喜助にこの娘でいいんじゃありやせんか?と言われ、渋々了承したのである。
もう随分と前に宮ノ杜の使用人としてやって来た沙羅の時も、人形が入ってきたのかと頭を悩ませたが、今年も今年でまた違う意味で悩まされることになりそうだと悟った千富は、もう何度目かも分からぬ溜息を車の中で吐いたのだった。

「千富さん、お帰りなさいませ」
「たえですか」

車が正門に着くと洗濯場の方から駆け付けて来る使用人が一人。
珍しく千富も信頼を寄せはじめているその使用人の名は、杉村たえ。
今時珍しく使用人としての心得も熟知し、耐えることを知っている使用人だった。
もう四年目になるのだと千富が知った時は、もしもいつか、自分の後釜を任せるのだとしたらたえもその候補であると心の隅で思っていた。

「たえ、この子が今日からこの宮ノ杜で使用人として働きます」
「新しい使用人ですか?」

使用人が入れ替わることに慣れているのか、たえは表情一つ変えずにそう告げた。
むしろどこか自信あり気な表情すら伺えるそれは、たえが使用人として誇りとプライドを持っているが故だろう。

「そうです。明日から使います」
「ということは、今日のうちに使えるようにしておけ。ということですわね」
「えぇ、そうです」

千富の先を読むことのできはじめた使用人。たえならばいずれは宮ノ杜使用人頭を任せられる日が来るかもしれない。
そう思いながら、たえにはなるべく色々な仕事を任せるようにしていた。
これも千富の愛情というやつである。
飴と鞭を使い熟す千富の愛情にたえは良く応えてくれる。
今回もきっとやってくれると信じて、春風に乗って来たのかもしれない田舎出の使用人はるを任せることにしたのである。

「それでは任せましたよ」
「はい。畏まりました」
「あぁ、そういえば沙羅は何処にいますか?」

何かを思い出したような千富は、はるを引き連れて使用人宿舎へと向かうたえを呼び止めた。
立ち止まり振り返ったたえは確かと記憶を頼りに、「今度のお花見に使う食器などを確認すると言っていましたので、倉庫にいると思います」と告げた。
失礼しますと告げたたえと、ぱたぱた落ち着きのないはるの背中。
千富は明日までにはるが使えるようになることは期待せず、今は己のやるべきことをするために屋敷の方へと戻って行ったのだった。
途中階段に残った埃や花瓶の花の向きを手近に整えるのはもう職業病と言ってもいい。
この場所の掃除担当は誰だったかしらと記憶を辿り、掃除を徹底することをまたきつく言わなければと千富はまた一つ心に誓ったのである。





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