華ヤカ哉、我ガ一族 | ナノ

第拾壱話 正ノ誕生会


正のためにと送られてきたプレゼントの山、山、山。
その全てはおべっかを使う者たちからの媚びた物であると、正は知っていた。
いかに取り入るか。
それだけを考えて送られてきた高級だったり価値がある物だったりに、正は毎年侮蔑の視線を送るのが常だった。
玄一郎が定めた西洋式の誕生会。
意味があるのかどうかは、きっと玄一郎にしか分からぬことではあったが、正とてもう三十路を過ぎたいい大人である。
毎年歳を重ねるごとに祝われるのはどうかと感じていた。
しかし、感じている一方で誕生会の時に兄弟や玄一郎皆が集まるのは良いことだと思ってもいた。
勿論、仲良しこよしをするためではない。
誰が何を考えているのか。
皆腹芸が得意なのか奥底を見せぬ者たちばかりだが、その片鱗さえ見えればそれでいい。
正にとって誕生会とは、そういったきっかけを掴む場であった。

「正の誕生を祝って」

乾杯。と、兄弟の普段なら揃わぬ声が揃う。
その光景だけはいつになっても不思議だと、正は食堂に溶けて消える声を耳にそう思った。
並べられる料理に酒。
いつも以上に豪華なその中で、ふと何かが違うことに気付いた正は、それを運んで来た千富へと問い掛けた。

「これは何だ」

玄一郎や勇、茂に進。酒を飲める者たちの前に並べられたものとは明らかに違うそれに、正は訝しがった。

「これは勇様より、正様への贈り物ですわ」
「何......?」

腹芸の得意な者たち。
それでも、中にはこうして好戦的な奴もいたことを、正はやけにアルコールの芳香がきつい酒を前に思った。

「わざわざ、正のために取り寄せたのだ」

ニヒルな笑みは挑戦的に正へと向けられている。
軍の指揮官が勝利を目前にした時の笑みに似ているそれを前に、正はふとおかしいことに気付いた。
勇はどうしてこのような喧嘩のふっかけ方をしてくるのだろうか、と。
性格上喧嘩をするならば正面から切り捨てると豪語する一辺倒だった勇を思い出し、そして行き着いた結論に正はまさかを予想したのだ。
花見の宴で酒に薬を盛ったことがばれているのではないかと。
そう考えれば合点がいくことに正は内心なるほどと納得する。
酒で潰されたのならば、酒で潰してやる。ということなのだろう。
しかし、そうなると正には一つだけ腑に落ちないことがあった。
それは、誰から漏れたのかということ。
昔から正は、実行するのなら計画的に。ということを常に念頭に置いてきた。
若気の至りで失敗を繰り返してきたからそう思うのかもしれなかったが、正の境遇上付け焼き刃で敵う相手は誰一人としていなかったのである。
だからこそ実行は計画の上に成功すると思っていた。
それがもし、勇にばれていたのだとしたら。
正はアルコールが脳内を犯す前に頭の中でぐるりと計画を反芻する。
誰から漏れたのか、と。
そして反芻した計画の中で唯一の遺失物を発見したのだ。
今も壁際にひっそりと控える沙羅の存在を。
正は思い込みが激しい。
それは誰に指摘されたものでもないが、こうしてかもしれないと思った瞬間にますますのめり込んでしまう傾向があった。
正はこの時既に犯人は沙羅の可能性が高いことを予想していたのだ。
そして唯一の汚点に気付いてしまった。
沙羅との会話の中で、口止めをしていなかったことに。
盛れとは指示したが、誰にも言うなとは指示していない。
もしかしたら事を起こしたすぐ後に誰かに口を割ってしまったのかもしれない。
そう思った瞬間、正の中には怒りとも困惑とも言えぬ何とも妙な感情が渦巻いた。
口を割った沙羅に憤慨しながら、沙羅ならば言わないだろうと無意識に過信していた己に慨嘆していたのである。
射抜いた先では相も変わらず白蓮の瞳を伏せた沙羅が大人しく控えていた。
この現状を見て何も思わないのか。そんなまた当たっても仕方のない怒りが湧いてくることに、正の憤りはアルコールが脳を犯していくように胸中を渦巻いた。

「さぁ、正。貴様のために用意させたのだ。宮ノ杜家長男として飲むべきではないのか?」

勇の陋劣な手段を前に、正はごくりと唾を飲む。
宮ノ杜家長男という単語を出してくる辺りに勇の狡猾さが正には透けて見えた。
けれどここで酒に口を付けなければ勇の酒に薬を盛ったのは自分だと白状することになる。
今更なのだから正の中にはばれても良いという気持ちもあったのだが、何故か酒を手にするという選択をしていたのだ。
それは勇への対抗心が八割を占めていたが、残りの二割は爪の甘かった己への戒めと沙羅への叱責が込められていた。
勿論そんなことを沙羅は知る由もない。
視界の端で顔色一つ変えない沙羅が一枚絵のように佇んでいるのを、正は忌々しく見つめながら酒を一気に煽ったのだった。





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